キミが刀を紅くした
土方さんは真摯な瞳で俺に問いかける。紅椿は徳川に間接的に仇を成す人を処罰する為にある組織だ。そう教えてくれたのは他でもない土方さんなのだけれど。
だが俺は答えられなかった。
「徳川殿は俺たちを試している、最近そんな気がしてならない。こんな事をお前に言うのも可笑しいがな。吉原も言ってただろう」
「あぁ、はい」
「今回の件は俺を試したんじゃないかと思っていた。多分、相違ないのだろう――徳川を第一に考えられる奴じゃなきゃいけない」
「土方さんは違うんですか?」
「さあな。だが新撰組と紅椿を天秤にかけられたらどうなるか分からん。今回が良い例だ」
小さく頭を振った土方さんは今にも泣いてしまいそうな顔をしていた。大の大人がそんな顔をする様を久しぶりに見たものだから、俺は少しばかり困惑してしまう。
だが彼は気付かない。それほど思考が深いのかも知れない。それほど彼にとってその天秤が難しいものなのかも、知れない。
「用は済んだか?」
「あ――本当は土方さんに謝りに来ただけだったんです。だけどそれは違うって分かりましたし」
「そうか、ならもう帰れ」
ふわりと笑った土方さんは立ち上がって戸を開けた。俺は頷いてから黙って頓所を後にする。
帰路につき始めると何だか胸が痛くなった。いたたまれない不安感が妙な形で俺を襲ってくる。どうすればこれが払拭されるのかは分からない。嫌に気持ち悪い。
なんでだろう。
俺はいつのまにか紅椿を肯定している。あれほど悪だ悪だと嫌っていた癖に。徳川慶喜と言う時の方に頼まれたからと言って。
土方さんは俺が信念を曲げた訳じゃないからと言った。だけど俺は入り口から間違えているのだ。
――紅椿。
「瀬川さん?」
「……なか、むら、ど、の」
「あの、よかったら、今から私と島原までご一緒していただけませんか? 少しで、良いので」
中村殿はそう言うなり俺の腕を引っ張って来た道を戻った。