キミが刀を紅くした
華宮殿はにこりと笑って俺を部屋に招き入れた。入るのは初めてではないけれど華宮さんと二人きりになるのは初めてだ。
高嶺の華なのだから。
「あ、華宮さん」
「なんだい?」
「あの、水饅頭ありがとうございます。いつも丑松殿からお裾分けしていただいてるんですよ」
「あぁ、あれかい」
「いつだったか甘味屋で水饅頭の食べ比べをした事があるんです。でもここの――丑松殿がいつも下さる水饅頭が一番美味しくて」
俺がそう言うと華宮さんはにこりと優しく笑う。俺は安らかな心持ちになった。母の様な笑顔の裏に潜む、美しい心が見えたのだ。
彼女が島原で上り詰めた理由が少しだけ分かった気がした。
「あの水饅頭はね、首代たちの手作りなんだ。と言ってもまあ、材料を揃えるのは客たちだけどね」
「華宮さんもお手伝いに?」
「時間があればね。私は早朝までお客相手をしてる時が多いから」
「なるほど。では俺は華宮さんがお作りになった水饅頭を食べた事があるかも知れないのですね」
俺と華宮さんは笑った。
窓の外から見える灯りが時おりぼやけるくらいに輝いた。だが眩しい訳じゃない。足りない。
「瀬川さんは不思議な人だねぇ」
「何故です?」
「紅椿に居るのに他のお方とは少し違う。今でもずっと人殺しを否定し続けている気がするわ」
紅椿。否定した方が良いのだろうか。それとも冗談だと笑い飛ばした方が、良いのだろうか。
俺が目を泳がせていると華宮さんは思いもよらない声で笑った。
俺は言葉を返す事が出来ずに、ただその笑い声を聞いているだけだった。
(01:消え行く信念 終)