キミが刀を紅くした
俺たちが頓所を出ると黒ずくめの忍が道をふさいだ。白昼で見ると黒の装束は目立って仕方ない。
「主から案内を頼まれた」
「案内って、服部の兄さん、いつもの屋敷じゃないんですか?」
「花簪」
「中村の所か」
服部の兄さんに続いて歩き始めたけれど、やっぱり目立って仕方ない。まあ服部の兄さんが良いなら別に構わないから良いけど。
花簪までやってくると兄さんは言葉もなく姿を消した、と言うか窓からある部屋に入って行った。玄関から行かないのは忍の何かなんだろうか、と俺は密かに思う。
「お待ちしてました歳三さん、総司さん。椿の間にお待ちですよ」
中村の姉さんがいつもの通り扉を開けると、花簪はいつにも増して静かだった。いつもは少しくらいざわめいているのに。
それは此処に徳川の旦那が来ているからか、それとも嵐の前の静けさと言うものなのか。定かではないその細やかな疑問はなぜか俺の頭をしばらく支配していた。
「ねぇ中村の姉さん、今日はお客が嫌に少ないですね? もしかして何かあったりするんですか?」
「それは――」
「総司、早く行くぞ」
土方さんが俺を呼ぶ。だからかどうか知らないが中村の姉さんはにこりと切なく眉を下げて俺に笑いかけるだけだった。何かあるのは明確なのにそれが分からない。
だが俺は仕方なく二階の客間へ続く階段を上がった。椿の間。この花簪で血濡れた事がないただ一つの部屋だと思う。旦那が此処を選ぶ理由は知らないが不思議だ。
「失礼致します。新撰組副長、土方歳三。参上致しました」
「失礼致します。同じく一番組隊長、沖田総司。参上致しました」
「聞いている。入りなさい」
いつにも増して冷たい声がして襖が乱暴に開いた。多分服部の兄さんが開けてくれたのだろう。
俺は土方さんの二歩後ろを彼の真似をしてただ歩いた。止まれば止まるし頭を下げれば倣う。世の中は可笑しな事にそれが正しい。
個人の主観は国家の前に消えるのが常だ。新撰組と言う看板を背負った俺たちは礼儀を欠かしてはいけない。その点で俺たちは大和屋の旦那より荷物が多い。