キミが刀を紅くした
闇が光になる瞬間、俺は姉さんに起こされた。吉原は夜と昼の二回、遊女が逃げ出さないように見張りが巡回をしていると言う。それに見つかれば俺は他の童と同じく吉原でこき使われる事になってしまうから、姉さんは必ず俺を起こしてくれる。
俺が自由でいる為に。
「しゃんとしなさい。男前が台無しだよ、ほら、欠伸なんかしてないで」
「うーん、もういっそここに住み着きたい」
「馬鹿を言うんでないよ。アンタみたいな餓鬼が吉原で通じる訳ないだろ、ほら」
「んん、姉さん、また夜に来るよ」
「言わなくてもここの所は毎日来てるじゃないか。さあ外へ行っておいで」
寝ぼけ眼をこすりながらいつもみたいに手を振って、俺は吉原の一室を抜け出した。どこかの湯屋でも想像させる豪華な屋敷には、花魁から太夫まで様々な各の女たちが眠りについている。
こそこそ動くよりも堂々と歩く方が使いの童に見えてばれないので、俺は灯の付かない廊下をひた歩いた。俺の横を童たちが通り過ぎ、女が数人歩いていった。
「ちょいと、そこの童」
俺は後一歩で屋敷から出ると言う所で一人の女に声をかけられた。だが、見た所、彼女は遊女ではない。立派な召し物に綺麗な化粧をしている美しい女ではあるが、右の額から左の頬に大きな刀傷を追っている。
そして全てを見透かすような目。そんな顔をしていては客なんぞ付かない。
「何か?」
「この屋敷に草苅和歌って女はいるかい?」
「その人に何か用事?」
「いやなに、知り合いでね。ちょいと探してるんだよ。ここに居るのかい?」
「さあ。俺は吉原の童じゃないから知らないよ。中に入って聞いてみたら?」
女はくすりと笑って身を翻した。入らないのならなぜ聞いたんだろうとは思いながら、俺は吉原を出るために歩き始める。すると例の女の後を歩いている様な形になった。
女は吉原を出てある屋敷へ入っていく。俺はそこまで同じ道を歩いていたのだが、女が屋敷の戸を閉める前に俺を一瞥し、手招きをした。別段用事もなかった俺はその屋敷の敷居を静かにまたぎ、玄関口に腰を降ろした。
広くない家。狭くもないが生活感は全く無い。空き家と言うのが正しいのかも知れないが、女は迷わず水場へ行き袖から出した湯飲みで水を入れた。そっとしたしぐさで湯飲みが俺の前に差し出される。
「ここは?」
「あたしが昔に住んでた所だよ」
「ふうん」