キミが刀を紅くした
「アンタだね、和歌の話に出てた童は」
「だからその人誰なんです、知らないよ俺は」
女はくすくす笑う。
「アンタが飯を食わせてもらってる女の名前さ。名前も知らなかったのかい」
「あの姉さんが? まあ名前なんて興味ないよ。覚えた所で、どうせあの人もどっか行っちゃうし」
「どっか行く?」
あの屋敷のあの部屋に行くのは何度目か分からない。そしてあの場所にいた女も姉さんだけじゃない。
「俺に飯をくれたのはあの人が初めてじゃないから。だけど前の人もその前の人も七日も経たないうちにどこかに消えちまった」
「七日が吉原の期限だからね。七日間も働けなきゃただ飯食うだけの存在になる。そりゃ吉原でも島原でも一緒だ」
「殺されるの?」
「……酷な話をしちまったかい」
女は少し眉を下げて俺を見た。俺は首を振った。よく考えてみろ、俺はただ飯をもらうだけの存在だけれど、彼女は姉さんの知り合いだと言った。何処からか知らないがわざわざ姉さんに会いに来たのだ。それなのに、姉さんは。
殺されてしまうのだろうか。
「一つ聞いてもいい?」
「何だい」
「あんたはどうして姉さんを探してたの? どっから来たか知らないけど、会わなくてよかったの?」
女は目を丸くしてくすりと笑う。その仕草はまるで姉さんが俺を見た時にするものと同じで。俺はいたたまれなくなって湯飲みの水を飲み干した。
「あたしは島原から来たんだよ。和歌が動けなくなったって聞いてね。様子を見に来ただけさ。それと、アンタにも会いにね」
「俺?」
「和歌が手紙を寄越したんだ。飯を食べに来るだけの子供がいるって」
「姉さんが」
「だから一目見てみたかっただけ。あの子の恐怖を和らげてくれた子供を、ね」
恐怖を和らげた。何の。
俺の頭は瞬時に働き始める。先程の話といい、今の話といい。まるで姉さんがもうすぐ消えて……殺されてしまうとでも言わんばかりだ。だから様子を見に来たのか? だからこの女は姉さんには会わなかったのか?
なぜ。止めないのか。
「あんたは姉さんが死ぬのを黙って見てるのか?」
「吉原の掟は吉原のもんだ。あたしは島原の人間。夜帝でもなきゃ掟は変えられないよ」
「姉さんが死ぬのは否定しないんだね」
「……口が上手い童だ」
「その夜帝ってのは?」
「島原を牛耳ってる……支配してる男だよ。今は吉原に来てると聞いてたけど、何処にいるかは分からないね。それに」
「何?」
「会った所で殺されて終わるのがオチだよ、あんたなら」
女は冷ややかに笑った。