キミが刀を紅くした

 姉さんのいた屋敷、そしてその部屋に忍び込んだ俺はふと足を止めた。昨日までびっしりと姉さんの商売道具や私用品で埋め尽くされていた部屋がもぬけの殻になっていたのだ。もしかして、間に合わなかったのだろうか。いやな予感が胸をよぎる。

 だが同時に女の言葉を思い出した。彼女は『夜帝なら掟を変えられる』とそう言ったのだ。姉さんが見つからないならその夜帝を探せば良い。たいそう有名な人らしい。



「あの、あなた、何をしてるんですか?」



 ふと声がして振り返ると、俺よりも若い女の子が首をかしげていた。吉原の女な訳がない。しかし童にしては身分が高そうな着物を召している。はてさてどうするべきか。



「アンタは?」


「椿と申します」


「そう。椿」



 透き通る様な声に酔いしれそうになった。もしかすると将来この吉原を引っ張っていく様な女なのかもしれない。俺はふと心を落ち着かせて頭を回転させた。考えるのは得意なはずだ。動くよりも考えるほうが俺は好きだから。

 だからこうして吉原に忍び込んで飯を食う方法を思いついた。でなければ俺はどこかで刀でも持って武士と同じく戦いにでも出ていただろう。



「椿」


「はい」


「俺は、人を探してるんだ」


「どのようなお人ですか?」


「ここにいた女――和歌って名前の人なんだけど」



 椿は無意識に左上の天井を眺めて何かを思い出そうとしていた。俺はその間に廊下から他の童が来ないかと目を配る。音はしない。姿もない。しばらくは、たぶん、大丈夫そうだ。



「すいません、私には心当たりがありません」


「じゃあ、夜帝って人は?」


「夜帝さん、ですか」


「島原を操ってる、って言ったかな。何て言ったっけ。とにかく偉い人が吉原に来てるって聞いたんだけど。その人の場所は分かる?」


「名前は存じませんが偉いお人がいらっしゃる場所なら分かります。その人が夜帝さんかどうかは分かりませんが」


「そこ、案内してくれない?」


「よろしいですが、何をなさるおつもりですか?」


「椿に迷惑はかけないよ。案内じゃなくても、場所さえ教えてくれればそれで」


「いえ、ご一緒させていただきます。ご案内は私のお仕事ですから」



 椿はそう言ってにこりとほほ笑むと歩き始めた。俺は訝しげに思いながらもその後ろ姿を追っていく。

 吉原を案内するのが仕事なのか? ならここの童と同じようなものなのだろうか。吉原はついに子供にまで表の仕事をさせるのか、それとも椿がキレイだからそうなっているのか。

 俺の頭の中では次々に疑問が湧いて出た。

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