キミが刀を紅くした
静かに開いたつもりだったのだけれど、予想以上に大きな音を立てて襖は左右に大きく開いた。呆気に取られる女たちとその真ん中で薄ら笑いを浮かべている若い男。否、若いと言うのは語弊があるかも知れない。
年はいくつか分からない。身体は大きいし声もさっき聞いた限りではかなり野太い。目は視線で人を殺せそうなくらい鋭いけれど口には笑みが浮かんでいる。少しだけ浅黒い肌が男の風格を一層の事あげている様な気がする。
「童を寄越したのは?」
男は静かに女を見渡した。女が答える前に俺が一歩前に進んで男を見る。挑戦的な目をしたつもりだった。しかし男の瞳に一瞬映った自分は酷くおびえた子犬の様だった。
「俺に何か用か、餓鬼」
男の声に身体が痺れる。一歩踏み出すのが怖い。相手は武器を構えている訳ではなく、杯を片手に胡坐をかいて座っているだけなのに、なぜか殺される気がした。これが、女が言っていた事だろうか。俺なんてすぐに殺されると。そう、彼女は言っていた。
「あん、あんたが、や、夜帝」
「そうだ。俺が夜帝だ」
「姉さん、和歌、姉さんを――」
「和歌がどうした」
「どこに」
「どこにやったか? 知りたいのか」
夜帝は俺の言葉を捲し立てる様に言葉を紡ぐと豪快に笑って見せた。女たちはバツの悪そうな顔をする者もいれば、夜帝と同じく笑う者、微笑む者もいる。誰が味方で誰が敵なのか分からない――いや、そもそも味方なんて俺にはいないはずだ。
和歌姉さん以外は。
「そうか、童。お前は和歌に魅入ったか」
「え」
「いや構わん。子供だろうが和歌の魅力を悟るなら大したものだと思ってな」
「あの」
「だがしかし残念だ。和歌は既に」
夜帝はそこで言葉を止めて斜め下に目線を下した。そこに何がある訳でもないのに俺はその視線を追う。夜帝の口元の笑みがより一層深く刻まれたのを見た瞬間、俺は身体の芯から何かにおびえた。何にか。知らない。夜帝にか。分からない。
目に見えないものにおびえていたのもつかの間、夜帝は軽々しい口調で俺に告げた。
「和歌は死んだ。数刻遅かったな、童」
「なん、だと」
「和歌は使い物にならん。吉原はそんな女を抱えて生きれる程甘くはないのだ。ワシの元へ置いておく事も出来たが――和歌がそれを拒否しては話にならん」
和歌姉さんの死をまるで天気の話をするかの様に話したあと、夜帝はぐいと杯の中身が喉に押し込んだ。その瞬間がゆっくりと俺の脳裏に焼きつく。夜帝の喉が動く。ごくりと酒が流れていく。その、喉を――その喉を掻っ切ってやろうかと俺は心から思った。
思っただけなら良かったかも知れない。だが俺は懐に秘めていた簪を右手に握りしめて夜帝に向かって走っていた。距離は左程ないはずなのに、数里も走った様な錯覚に陥る。遠い。だが、もうすぐ。その喉を切ってやる。和歌姉さんを殺したその手を刺してやる。