キミが刀を紅くした
口の中が血の味で一杯だった。頬には砂利が埋め込まんばかりに張り付いていて、細かい砂は様々な所に吸い付いている。目は見えている。けれど腫れているせいか右は見えないし、左も半分しか光が入らない。身体を動かすのが嫌になるほど痛い。一寸でも動かせば一刻は動きたくなくなる。痛みを止めるのに時間がかかるのだ。
何が起こった、かと言えば。詰まる所覚えていない。記憶にない。
夜帝にやられた所までは覚えている。何度も殴られて俺は無気力になったけれど、それでも夜帝は俺を殴るのをやめなかった。楽しそうに笑って育て育てと煩いくらいに言っていた。それからどうしたんだっけ。
痛む身体を捻って空を見上げた。暗い。月が見えている。星も出ている。それから――女の顔が、見えた。薄らと涙を浮かべた様な目をしてる、姉さんを探していた、女だ。
「女たちに聞いてきたよ。和歌の為に、戦ったんだって」
違う。俺は俺の為に――。
「ありがとう」
「……あ……ん、た……は」
「妹だよ。草苅和歌の妹。あたしは草苅絹松」
なるほど。だから。
「痛いかい」
俺はゆっくりと瞬きをして返事をした。女はそれを悟って頷くと幸せそうに笑って見せる。何を笑う事があるのか、さっぱり理解出来ない。俺はこんなに、痛いのに――あぁそうか。痛いのか。生きてるのか俺は。
ようやく女の笑みが理解出来た所で、俺はゆっくりと目を閉じた。このまま眠ってしまいたいけれど腰にさしていた簪がふと骨に当たって意識が削がれた。あぁ、失くしていなかった。椿の簪。
「あたいは、もう京に帰るんだ。島原にね。あんたさえよければ、一緒に京へ行くかい? 飯をたらふく食わせてやるよ。何でも好きなものをいくらだって」
「……た、……い?」
いらない。飯はもう。
「あ、ん……た……は」
「うん」
「し、……な……な、い?」
「……いつかは死ぬよ。だけど、それまであんたと一緒に暮らせたらきっと幸せだろうね。あたしたちの仕事には、あんたみたいな子が必要なんだよ」
「……きぬ、ま、つ」
「うん」
「つ、れ……てっ…て」
絹松がにこりとまた笑んで俺の身体を抱えた。痛い。全身が痛い。離してくれと叫びたい。けれど俺は叫ばずに気を失ってしまった。そして、目が覚めたら、俺は灯がきらめく京の吉原、島原にいた。