キミが刀を紅くした

見えない未来


 椿の花は首から落ちる。だからお前の名前は椿なんだ。お前の死に様はえぐいものになるだろう。何たって私の愛する人を誘惑したのだからな、死を持って償えばいい!

 人に恨まれるのは生まれてからずっと。この容姿が悪く声も悪く、立ち居振舞いも悪かった。子供の頃から私は嫌われていた。


 ――。


 私は吉原の傍の民宿で生まれた。そこである男の人に手込めにされそうになって、そのお嫁さまに死ねと叱咤されて殺されそうになって、私は島原で生きていかざるを得なくなった。わずか七年しか生きていない時の事。

 世の中は非情だった。



「椿さん、早く籠へ」


「――はい」



 死んだ母が世話になっていた京の旅館に引き取られる事になった私は、籠で長い旅を始めようとしていた。自分が幼い事は分かっていたし大人に頼らなければ生きていけない事も、もう理解していた。

 だから私は両親の墓がある江戸を離れる事にも文句は言わなかった。仕方がない事だと腹をくくっていたから。そうしないと私は江戸で殺される事を知っていたからだ。



「乗っていれば京に着きます。それまでは決して外に出てはいけませんよ。もしかすると江戸から刺客が出されるかも知れません」


「分かりました」


「……小さいのに本当に苦労をする子ですね貴方は。ごめんなさい。姉さんの子だから最後まで守ってあげたいのだけれど急に仕事が入ってしまって。何でも吉原内で夜帝が暴れてるのだとか何とかで駆り出されちゃって」


「吉原で?」


「ええ。まあ椿さんは気にしないで江戸を出て下さい。いつかまた、会いましょう」


「――ありがとうございます。灯さん」



 私の母の妹、中村灯さんは籠の暖簾を静かに閉めて私に手を振った。江戸で唯一私を守って味方してくれた彼女も残念ながら私のせいで旦那を失ってしまった一人。

 彼女の旦那は私に恋をして自殺した。子供に恋して灯さんに申し訳なくなり命を絶ったのだ。遺書には確かにそう記してあった。だが灯さんは私に手をさしのべてくれた。私のせいで最愛の人が死んだと言うのに。



「出してください。京までお願いします」



 灯さんの声と共に、籠が浮いた。私は目を閉じて江戸を後にする。夜の光を暖簾の隙間から覗き見る事が出来て私は息を吐いた。

 江戸でも京でもきっと変わりない。私は京に着いたら旅館には行かずに逃げようかと思っている。吉原で出会ったあの少年のように目に野望を浮かせてみようかと思った。



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