キミが刀を紅くした
そう言えば。あの少年は無事だっただろうか。籠に揺られながら私はふと思う。名前のないあの人は。私の簪を握りしめてお偉いさんの所へ足を運んだあの、小さな少年は。
私は人を殺してしまう容姿を持った。
もしかすると彼は私のせいで死んでしまうかも知れない。私が名前を聞いたばかりに記憶に残ってしまったばかりに、彼はその命を無駄に落としてしまうかも、知れない。
「――あの声」
いつか簪を返しに来てくれると彼は言っていた。だから私は彼の声を記憶に残して待たなければいけない。彼が私を探をしに来てくれたなら、私の身にかけられた呪いも消えているかも知れない。なーんて。
希望は持つけれど淡い。私はため息をついて一眠りすることにした。黙っていても籠は京に向かっているのだから、事はそれから考えても遅くないだろうとたかをくくって。
――ズシャッ
異様な音がして私は目を覚ました。籠の揺れが収まっている。私は息を潜めて暖簾から外を眺めてみる――私が中村椿でなければ、その光景は声が枯れるまで叫んでも可笑しくはないほどの光景だった。
人か死んでいた。
籠を運んでいた二人。そして知らない人が二人。合計四人も死んでいた。私は怖くなって籠から飛び出す。そして、腕を捕まれた。
「あんた名前は?」
「えっ」
「名前。ないの?」
「な、中村です。中村椿」
「ふうん。知らない」
黒装束を来た少年は私の腕をぱっと離して首に巻いていた手拭いを口元まで引っ張ってきた。彼の鋭いつり目だけが世間を見渡すと知らない二人を見たときに視線が止まる。
「俺はこの二人を殺した。この二人は籠屋を殺した。たから俺が殺したのは間違いじゃない」
呟く様にそう言うと彼は私を見た。その瞳に狂気は映っていなかった。私は何度となく私を殺そうとして来た人の目を見てきたから分かる。彼は私を殺さない人だ。
「あの、貴方の、名前は?」
「服部半助」
「そのお姿に、服部のお名前……どこかのお忍さまですか? どうしてここに?」
「修行中にお前を見つけた。殺気があって。放っておこうとしたが出来なかった。悪い」
申し訳なさそうに俯く彼に私はなんだか胸を締め付けられた。助けられたのにそんな気がしない。怖がらなければいけないのに怖くない。だけどそれは彼が修行中の忍だからだろうと私は勝手に解釈していた。
「服部さん」
「その名前は嫌いだ」
「では、半助さん」
「なんだ」
「道中お急ぎでなければお願いがあるのですが。私を京まで連れて行っていただけませんか?」