キミが刀を紅くした
闇への一歩
人の為に命を張るのは馬鹿だと思っていた頃がある。今だって俺の慕う二人以外には命は投げ出さないと決めているけれど。俺は忍だから、何があるかは分からない。
昔のように何があるかは分からない。
――。
俺は忍の間では修行は真面目にやっていた方だった。勉学だって真面目に取り組んで誰よりも強くなろうとしていた。だが俺は服部の名を継いで免許皆伝をもらった時に、残念ながら気が付いた。
この世は素晴らしく平和なのだと。
「黒」
「おう、半助じゃないか。どうした?」
「お前は江戸を出たくないのか?」
世の中が平和すぎて俺たち忍は働き口がなく、大半が江戸の街へ飛ばされていた。幕府の大将がいるそこに派遣されるのは端から見れば大出世だが、実際はただの左遷だった。
まだ若い本物の大将はまだ政治をきちんと任されている訳ではなく、京と江戸を行ったり来たり。つまり俺たちは老重方がただ余生をより平和に過ごす為に集められた違いなく。
「なあ半助。この世は平和だよなあ」
「あぁ。言うまでもない」
俺と忍仲間の黒田影麿は江戸城の縁に腰を下ろして空を見上げていた。
「せっかく俺たち、修行して生傷作ったってのに。戦はもう終わっちまったし。今なんて爺さんどものお世話しか出来ねえんだから。だがそれでも今は良い世だぜ。分かるか?」
「分からん」
「将軍が若い」
「だから?」
「政治を良く知らない」
「それはどうか分からん」
「まあ、そうと仮定しろ。俺たちは将軍が京と江戸の間を行き来する所を狙って自分を売り込む事が出来るんだぜ。そうだろ」
俺はため息をついて黒の頭をしばいた。
幼いとは言え歴とした将軍家の者が護衛もなしに江戸と京の長距離間を歩いている訳がない。だが黒の目は諦めていなかった。
「俺はやるぜ。計画を立てる時間がいるから今夜って訳にはいかないが。どうだ半助、お前も来るか?」
黒はにやりと笑って八重歯を見せる。俺は外していた口宛を上唇まで引っ張って備えると立ち上がり、黒を見下ろす。
「俺は――別に将軍に仕えたい訳じゃ」
「だが今よりマシになる。来いよ半助」
俺が黙って頷くと黒はさらに笑顔を見せて微笑んだ。そしてまた連絡する、なんて言いながらさっさと消えてしまう。俺が先に行こうとしていたのに、と舌打ちをして俺も縁から移動した。
江戸の街は馬鹿げてるほど平和だった。
勿論、それは大人の感覚に限る。いや、子供から見た大人の感覚と言うのが正しいだろうか。看板娘として酷使される子供や、職も親もなく色街をふらつく子供を見ているととても平和とは言えない。
だが見た感じ俺より年上なのだから少々の無茶はしても大丈夫なんだろうなとは思うけれど。
「半助!」
「黒、行ったんじゃなかったのか」
「すごい情報を手に入れて来てな。今夜だ」
「何が」
「将軍だよ! 今夜、江戸から京へ移動するらしい。やるぜ。仕掛けは俺が作るからお前は夜が更けたら街道の方へ来い」
「あぁ。だが黒、お前」
「じゃあ後でな!」
人の話は一切聞かず黒はまた姿を消してしまった。黒の作戦は何となく分かる。年上とは言え同じ釜の飯を食い続けた仲だ。
彼は将軍を襲わせるつもりなのだ。それが罠。勿論護衛も罠の仕業に見せ掛けて殺してしまわなければ成立しない。将軍が一人になったところで俺たちにしか頼れない状況を作ってしまうのだ。