キミが刀を紅くした
「さて、この館の主も決まった事だ。私も自分の屋敷に戻ろうかな。椿、今度私が来る時は生まれ変わった花簪を期待しているよ」
「お任せ下さい」
「うむ。行くぞ半助」
「御意」
いつの間にか話はまとまっていて。俺は窓から出ていく主に続いて窓枠にてをかけた。徳川の若き将軍は窓からも出て行ってしまうのか、と考えると少し滑稽である。
瓦に足を付けた時、主は俺を一瞥してから忍の様に地面に飛び降りていった。見るからにただの将軍とは思えない動きである。俺がそれについて降りると主は頷いた。
「兵士を連れて来るとこう言う事が出来ないから不便なんだ。半助に出会った俺はずいぶんと運が良いかも知れないな」
「俺でなくても」
「黒田影麿は口煩そうだからな。それにあいつは――割りと考えるタイプだろう。自由に生きたがっているのが伝わってくる」
「――これから何処へ?」
「京にある別宅にでも滞在しようかと思っているが。半助、嫌な事を一つ聞くが、服部の名で徳川に仕えるのはどんな気分だ?」
どんな気分と言われても困る。
「答えないと言う事は大した気分じゃないらしいな。この数時間でとんだ成長をしたと思わないか? お前は中村椿に服部と呼ばれて嫌がっていたのに、今じゃそんな態度だ」
「俺は」
ただの服部半助だ。
「分かってる。ただの半助だな。俺の忍だ。俺が正式に徳川の全てを継いで江戸に帰る時には、黒田と共に働いてくれ。なあ半助」
「はい」
「お前が俺を裏切る時は俺がお前を斬る時だ。お前が死ぬ時は俺の為に消える時だ。だがお前が働いてくれるなら、俺に命をくれると忠誠を再度誓ってくれるなら、俺はお前に至極の幸を与えよう。世界が変わった暁には俺を殺したって罪には問わん」
えらく饒舌。そんな事を考えながら、細い路地で俺は主を前にもう一度片膝をついた。そして頭を下げて忠誠を誓う。
俺は既に癖になっているのかも知れない。
「俺は忠誠を誓いました。後はお好きに」
「よろしい」
また主も癖になっているのかも知れない。俺たちは改めて主従関係を結んだ。これが俺の人生を大きく揺るがすとは考えていなかった。何せ出世したのだから、俺はしばらくましな暮らしが出来るとしか考えていなかった。
「俺は一足先に向かっている。場所は分かるね、一番大きな徳川屋敷だ。時間を潰してから来なさい。俺にも準備があるから」
「御意」
「お前は利口だな」
まるで犬のように頭を撫でてから、主は一人先に路地を出て行ってしまった。俺はその場に座り込んでふう、と息を吐く。
そして目を閉じ、少しだけ眠った。