キミが刀を紅くした


 ――。


 こうして俺が主に仕える道を選んで数年。俺はまだ餓鬼ながらも立派に徳川の忍として働いていた。そしてつい先日、黒田影麿が主から一生分の暇を出された。

 黒田影麿は先を見すぎている。

 それが主が黒を切った理由だった。俺にはてんで理解できなかったが、この頃になると主がそう言うのだからそうなのだろう、と思考は完全に主に支配されてしまっていた。



「主、来客ですが」


「珍しいね。お前が伺いに来るなんて。いつもは俺の客人だろうと一度はさっさと追い返してしまうのに。どんな奴が来たんだ?」



 嵐は突然やって来た。



「大和屋宗柄と言う刀鍛冶ですが、どうも訪ね方が普通ではありませんので一応お耳に入れておこうかと思いまして」


「ふむ。復唱してみなさい」


「“徳川の世を護る為に必要な、完璧な捨て駒組織を提案しに来たとお前の主に伝えろ”」


「なるほど」



 主は何度も頷いた。



「通しなさい、半助。丁重にな」



 主は笑う。それから俺は主の部屋にその男を招待した。煙管の香りが身体に染み付いている。浅い藍色の召し物は少しくたびれて浴衣のようになっていた。口元に浮かぶ笑みが何とも気に入らない男である。

 男は主の部屋に付くなり正座した。



「お忙しい中お時間をいただきまして」


「前置きは構わん。大和屋宗柄」


「そうですか。では単刀直入に。名はまだないので呼び難いですが、徳川に仇を成す輩を暗殺と言う形で排除していく組織です」


「それが私に何の得がある」


「寧ろ得しかないかと」



 間髪入れずに大和屋は言うと、窓の外を指差した。主も俺もそちらを眺める。すると彼は今にも笑い出しそうな声をあげた。



「貴方は世から恨まれている」


「貴様っ」


「落ち着きなさい半助。恨まれているのは承知の上だ。それを改めて俺に教えてくれるとは大した親切だな。俺は前置きは良いと、確かに言ったはずだが?」


「だから説明は単刀直入にしたでしょう。前起きなくして貴方に組織を提案しても受け入れてもらえるとは思ってませんので。お付き合いください。俺のために時間を取ったのは貴方ですから、責任は負いませんがね」


「ははは、では構わん。続けろ」


「では。そんな恨まれている貴方でも一国を支える大将軍。どれだけ貴方を恨んでも俺たち民衆は貴方の捨て駒になるしかない」


「お前も俺を恨む一人か?」


「まあそんな所です。だが俺は恨みを晴らす事より貴方を利用する事を考えた。つまり俺が考える組織には後ろ楯がないんですよ」


「ほお、その暗殺組織の裏盾になれと?」


「そう言う事。しかし暗殺組織ですから公に貴方を利用する事は出来ない。貴方を利用するのは組織の人数集めの為ですよ」



 大和屋が口角を上げると主もそれにならっていた。まるで話しに飲み込まれている。大和屋は完全に主の興味を掴んでいるのだ。


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