キミが刀を紅くした
土方さんの部屋を出た俺は気まぐれに街を歩くことにした。何だか釈然としない思考を消す為だ。
俺の中である事柄を悪と認識すると好奇心が疼いてしまって、その事柄に手を伸ばしたくて堪らなくなる。まるで本物のガキだ。
だから俺は新撰組と幕府を護るためにと、大儀を掲げて紅椿に加担した土方さんとは違うのだ。
人が斬れればそれで良い。
血を浴びて強くなれれば、大儀なんて必要ないと思っている。だから俺は土方さんより弱いのかもしれない。目標や目的は人を高めると言うし。だけど俺はそんな大層な物を持つつもりはない。
「やめてください、離して!」
「うるせぇ、黙らねぇか!」
欠伸して仕事が出来るのは街が平和な証拠だと俺は思っていた。だが、街は平和なんかじゃない。本当の平和なんて俺が生きてる間には残念ながら決して訪れない。つまり欠伸して仕事が出来るのは悪が弱すぎるからなのだ。
路地に引きずられていく女を見ながら俺はそんな事を考え、ため息をついた。あんな輩は、いつの世でも存在しているに違いない。
無条件で標的になる奴がいる。
だから悪が生まれるのだ。
「離して! 誰か!」
「黙れって言ってるだろうが!」
「……黙るのはアンタだろ」
刀を抜いて切っ先を男の前に突きつければ、男は俺を睨み付けたまま静止する。刀の威力は色んな意味で素晴らしいと思う。
俺はそのまま静かに告げた。
「まあ御存知でしょうが、俺は新撰組一番隊長の沖田総司です。始終は見させていただきました。斬られたくなきゃ、今すぐその手、離してもらいましょうか」
女の手が離された。今のうちに行けと言うと、彼女は小さく頭を下げてから大通りを走り出す。
俺は路地に男を追い詰めたままもう一度だけため息をついた。この男を今殺してしまうと、俺が罪を犯した事になってしまう。職権乱用と言うものになるのだろう。
だから甘いんだよ、俺たちは。紅椿は悪を斬るためにある。絶対に二度と繰り返させはしない。
「一応頓所まで来てもらいましょうか。未遂ですけど罪は罪だ」