キミが刀を紅くした


 帰り際、主の屋敷の玄関先で俺は大和屋に背後から襲い掛かってみた。忍刀を抜いて首に斬りかかってやった――の、だが。



「おい」


「ん?」


「何故避けない」



 寸前の所で止めていなければ俺は大和屋の首を狩れた。だが大和屋は今殺されかけたと言うのにけろっとした顔で振り返っただけである。驚きも怒りもありはしない。

 ただ呼ばれたから振り返っただけ。



「何故、避けなかった」


「あと一ミリでも刀が近けりゃ避けてたよ。俺は別にあいつと違って死にたがってないからな」


「そうか」



 なら、と寸止めしていた刀に力を入れると途端に大和屋の姿は消えた。まるで手熟れた忍の様な動き。俺は驚いて目を凝らしたけれど、大和屋を見付けた時には――彼は俺の腹に刀の柄を押し当てていた。

 寒気がする。



「勘弁してくれ、俺は寝不足なんだ」


「お前、何者だ」


「鍛冶屋だよ。言ったろ」


「ただの鍛冶屋が徳川の忍に勝てるものか。何を企んでいる。主に取り入って何をする気だ」


「取り入ってる様に見えたのかよアレが」



 大和屋は馬鹿にした様に嘲た。



「俺がただの鍛冶屋に見えないのなら多分、村崎のせいだろうな」


「むらさき?」


「俺の唯一の友人――まあそんな事はどうでもいい。俺は新撰組まで行くから、もう行くぜ、じゃあまた今度な服部」



 飄々としながら大和屋は手を振りながら去って行った。俺はただ眉間にシワを寄せる。

 その背を見送りながら。



(02:闇への一方通行 終)
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