キミが刀を紅くした
屍を越えて
俺の世の中は俺だけで構成されていた時があった。それは俺が一番強くて優れていると持て囃されていたからかも知れない。だがあの時、自分の弱さを知って思い知ったのだ。
世の中は甘くない。
――。
新撰組を旗揚げする為に江戸から京へ上っていた時の話。俺は大人たちに混じってその道を進んでいた。近藤さんを先頭に、土方さんは一番後ろで一人ぼっちだ。俺は真ん中で皆に囲まれながら楽しく歩いていた。
「それでな総司、土方さんはなんと近藤さんに負けたんだ」
「ええ? あの人が?」
「元々あの人は組織にそぐわない感じだろ? 一匹狼と言うか他を寄せ付けないと言うかさ。それを取り込んだのが我らが近藤さんだ」
「ふうん。じゃあ近藤さん! 今度俺と手合わせして下さいよ。そしたら俺が一番強い事になる。いいでしょ?」
「はははっ、京に着いたらな。まあそんな時間があるかどうかは分からんが。何せ忙しくなるだろう?」
林の中を歩きながら近藤さんは嬉しそうに空を見上げる。その澄みきった空は彼に相応しいとその場の誰もが思ったに違いない。
「俺たちは京についたら幕府の為に働けるんだ。この上ない幸せだと思わないか? それもこれも今までの皆の努力のお陰だなあ」
「近藤さんは本当にお人好しなんだから。全部あんたのおかけだろ。幕府に話を通したのだってあんたと土方の旦那がいたからで」
楽しそうにそんな話をしていたら土方さんがスピードを速めて俺の隣に来た。俺は何となく土方さんを睨み付けた。だが彼はそんな事を気にも止めず俺に向けてこっそり喋る。
「近藤さんの横に着いとけ、総司」
「ん? 何でですか?」
「さっきから殺気が幾つもちらついてやがるからな。いざって時はお前が近藤さんを守れ」
「それ何で俺に言うんです? あんた俺の事ただの餓鬼だと思ってるんじゃないんですか?」
「何だそれは」
「いや」
言っちまった、と思った時にはもう遅かった。俺は土方さんが少しだけ苦手だった。すかした顔でいつも後ろにいる癖に、近藤さんが頼りにするのはいつも彼だったから。
俺はいくら頑張っても子供扱いしかされないし、彼より強くはなれないと知っている。だからあんまり土方さんが好きじゃない。
「何でもないです。あの、それで何で俺に言うんですか。そりゃ俺は強いけど――」
「強いんだろ。昔、隊の中で自分が一番強いんだって言ってたじゃねぇか。だからお前に言うんだ」
「それ嫌味?」
「はあ?」
「いいや――何でもないです」
俺は黙って近藤さんの傍へ移動した。
俺が一番強いのは隊の皆が手を抜いてる稽古での話だ。誰も俺に本気でかかって来るやつは――近藤さんと土方さん以外は――いない。俺の言葉が嘘だと知りながら俺を護衛に回すなんて、本当に嫌味な男だ