キミが刀を紅くした
俺が近藤さんの傍に移動すると、土方さんの姿が見えなくなった。俺は視線で彼を探してみるがやはり、どこにもいない。
「どうした、総司」
近藤さんが笑顔で俺の頭を撫でた。辺り奴等はみんな微笑ましいと言わんばかりの顔をしている。能天気なやつらだ。なんて、俺はつい思ってしまった。
「土方さんがいないんです」
「ん? 後ろにいないか?」
「それがさっきまで俺と一緒に居たんですけどね――何か殺気が幾つもちらついてるとか、そんな事言ってたんですよ」
「なんだと?」
途端に近藤さんの眉間にシワが選る。それと同じくして集団の右側か悲鳴にも似た声が林の中に響いた。俺たちははっとして身構える。
そして誰かが叫ぶ。
「幕府の犬に成り下がる侍の風上にもおけぬ奴等め! ここで全員斬り殺してくれるわ! 馬鹿共への天誅じゃあああああ!」
誰が誰に恨まれていたのだろうか。そんな事を考えながら、俺は他の奴等と同じく刀を鞘から抜こうとした。だがそれは近藤さんによって止められる。
「何ですか、この非常時に」
「お前は刀を抜くな、総司」
「はあ?」
「どこか隠れられる場所に――」
俺は取られた腕を振りほどいた。まったくどうして俺はこう子供扱いされなきゃならないんだか、分からない。確かに近藤さんよりは遥かに弱いけど、だけど!
俺は!
「俺はあんたらと同じ武士だ! 侍だ! 稽古だってちゃんとした! だから真剣を持ってるんだろ! 離して下さい!」
「総司!」
「近藤さんはそこにいて下さい!」
俺は近藤さんから離れて刀を抜いた。血生臭い香りのする方へ走って行き、一人でも成果を上げようと辺りを見渡す。前に一人、左右に二人ずつ。完全に囲まれている。
だが、だから何だ。
俺はとりあえず前の一人に向けて雄叫びをあげながら刀を振り下ろした。男は俺に気付いて振り返り、その攻撃を刀で受ける。
「総司!」
「え?」
前に敵がいる以上、振り返ることなんて出来なかった。だが何が起こったかはすぐに理解した。俺の背中は俺の名を呼んだ人の血で染まっていた。じわじわと広がる血が布を抜けて俺の肌まで辿り着くと、鳥肌が立つ。
俺を守って誰かが死んだ。
「前を向け総司!」
誰の声か判別出来なかったが、俺はその人の声従って前の男に猛攻を掛けた。反撃する暇を与えてはいけない。その隙が俺の命取りになるのは十分に分かっていた。
俺の後ろで誰かが戦っていた。