キミが刀を紅くした
俺はただ攻撃を続けた。だが横から邪魔が入る。敵が二人がかりで俺を殺そうと刀を奮い始めた。その姿は見えていた。だけど俺が今、前の男への攻撃をやめたらどうなるかも嫌と言うほど知っていた。
「総司!」
「あぶねぇ!」
誰かがまた俺を呼んだ。今度は俺の視界の中で一人が斬られて倒れて行った。もう一人は持ちこたえているが、すぐに倒れる音と呻き声が聞こえてきた。二人、死んだ。
俺を守って三人死んだ。
「殺してやる!」
俺は身体中の血をたぎらせて前の男を殺しにかかった。誰かにやられて死んだ誰かは、守る必要がない俺を守って死んだのだからただ未熟だっただけだと言えるけれど。
それでも、俺はこいつを殺したいと思った。俺から視界と力を奪い仲間を殺させた事を後悔させてやると誓った。俺は絶対に。
「総司!」
どうしてこうも、まあ。
「こっちに来んな!」
俺は人気者なんだろう。
「総司! 右だ!」
どうしてこうも。
「なん、っだよ!」
俺は仲間を殺すんだろう。
「前を見ろって言ってるだろうが総司!」
刀が弾かれて俺は立ち尽くす。このまま殺されてしまう。そう思うと妙な恐怖が俺を襲ってきた。怖い。目頭が熱くなる。胸が痛い。俺は死ぬのだ、この男に斬られて、死ぬ。
「前を見ろ! お前は侍だろうが!」
涙さえ溢れてきた頃、誰かの声がまた俺を叱咤した。俺は言われた通り前を向いた。すると目の前の男の隙が一瞬、理解できた。
両手で刀を振りかぶればそりゃ、身体はがら空きにもなる。俺は唇を噛み締めて男に体当たりをした。ぐらりと揺れる男の重心。力の抜けた手から刀を奪うのは簡単だった。そして、丸腰の男の心臓を突き刺すのも。
「はあ、はあ、はあ」
男が動かなくなるまで俺は馬乗りになったまま動かなかった。全身全霊の恨みを込めて心臓に突き刺した刀を地面にまで食い込ませようと押し続けた。だからかどうか知らないが、いつまで経っても息は荒かった。
辺りの敵はみんな死んでいた。辺りの仲間もみんな死んでいた。俺は最初から一人の男としか戦っていなかったが、他の人たちはどうなんだろう。何人目を斬ろうとして死んだのだろう。無念だろうか。俺なんかを守って死んでしまうなんて、そんな最期は。
「総司」
落ち着いた声が俺を呼んだ。
俺があの時この人の手を振り払わなかったら、みんな生きていただろうか。よくよく見れば死んだのは俺を守った奴だけだった。
「はあ、はあ、はあ」
言葉で言っているみたいに荒い自分の息が耳に届く。まるで獣にでもなったみたいだ。苛々していた胸は今、ぽっかり穴が空いてしまっている。もう苛つく事は何もない。
何も考えたくない。
「総司、もういい」
「はあ、はあ、はあ」
俺は刀を握り締めて、まだそれを地面に突き刺していた。全体重を掛けて刀を地面に押し込んでいる。だがたまに身体の中の骨が邪魔している様で、容易な作業ではない。
「総司、止めなさい」
「はあ、はあ、はあっ」
荒い息の中に嗚咽が漏れた。
「もう彼は死んでいる」