キミが刀を紅くした


 実を言うと俺は昔にも仲間に守られて生き長らえていた。あれはまだ土方さんも道場を訪れていなかった頃の話だ。たんなる賊の襲撃と言えば話は簡単。だが俺にはそれだけではなかった。剣術のけの字も知らない時分だ。


 そこから俺は稽古に励んだはずだった。なのに俺はまた同じ事を繰り返している。俺はどうしてこうも死神に嫌われるのだろうかとため息を何度付いたことか。否、好かれているのか。周りの命を吸う役目として。



「総司、悪いがこの刀を鍛冶屋へ持って行ってくれないか?」


「構いませんよ。どうせ今日も俺は稽古漬けの一日ですからね。その一本ですか?」


「あぁ」


「土方さん、刀は何本もあるんだからもう一本ぐらい出せばいいのに。それとも遠征先でやってるんですか?」


「……卑屈になるのは結構だがな、総司」


「別に、遠征に連れてって貰えないからって卑屈になってる訳じゃありませんよ。俺はまだ付いていけるだけの力がないんでしょ。ちゃんと分かってますって」



 新撰組が世間に名をあげてから暫く経ったある日の事。土方さんが俺に刀を預けた。



「じゃあ一本お預かりします」


「あぁ、頼むぞ」


「はーい」



 新撰組は忙しかった。一部の隊士を除いてだが。残念な事に俺は一番隊の隊長名を背負いながらも、まだその仕事を請け負った事はなかった。なぜか。それは分かりやすい理由だ。

 大義名分を打って俺を一番隊に担ぎ上げたのは他でもない土方さん。多分、仲間の仇を取ろうとしてるんじゃないかと俺は思っている。だから隊長なのに一番隊なのに俺には幕府の為の遠征話ではなく、刀鍛冶への伝言依頼が届くのだ。



「まあ、そんなもんかとは思ってたけど」



 そんな事を呟いて屯所を出て、俺は京を歩き出した。中々どうしてか。意地になっていたから町に出るのも久しぶりだった。京に着いてからは町に出たのは数度だけだ。

 俺はそれ以外を全て稽古に費やした。これも何とか強くなりたいと思う一心と、仕事を回して貰えない鬱憤を晴らすためなのだが。そうでもしていないと俺の居場所が本格的になくなる気がして寝ていられなかった。



「あ、そこの兄さん」


「何です?」


「此処らで刀鍛冶やってる所を知りませんか」


「鍛冶ですか。大和屋の所ぐらいしか知りませんね……あぁ、そこの甘味屋から裏道に入ればすぐ見えますよ。愛想は悪いですが、腕は確かです」


「そうですか。どうも」



 道行く人に適当に話を聞いて、その大和屋とか言う鍛冶屋へ俺は足を運んだ。甘味屋から裏道。細身の男が言った通り、そこには確かに古ぼけた鍛冶屋があった。否、看板だけはやけに新しい。

 俺は静かに戸を引いて足を踏み入れる。



「入りますよ。誰かいますか?」


「客か?」


「一本だけですが」



 煙管をくわえたその男は俺を振り返って口角を上げた。そしてずずいと俺に近づいてくると不意に自分が持っている刀を抜く。

 俺は咄嗟に土方さんの刀を抜いた。



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