キミが刀を紅くした
男はその刀を俺の持っていた土方さんの鞘に刺し、代わりに土方さんの刀を持って火の前に座る。俺は馬鹿げた勘違いをしたもんだと思って少し離れた場所に腰を下ろした。
「ちょっと見学しても?」
「見て何が楽しいんだ」
「それを知りたいから見るんですよ。邪魔はしませんから。どうせ俺、暇なんで」
カン、カン。鎚が刀を打った。赤く染まった刀が男によって強靭に仕上げられていく。土方さんの刀を改めて見ると、何だが俺は心臓を誰かに鷲掴みにされた気分になった。
炎を見ながら俺は息を吐く。
お荷物な俺はこの先どうすればいいのだろうか。稽古を何時間したって俺は強くなれない。土方さんや近藤さんには認められない。
「旦那は何で鍛冶屋になろうと思ったんですか?」
「邪魔しないんじゃないのか」
「旦那、腕は確かなんでしょ? ここを紹介してくれた兄さんが言ってましたよ。なら邪魔にはならんでしょ。俺が喋ってるぐらいじゃ」
「だとしてもお前に答えるもんはねぇよ」
「あ、そう。じゃあ俺の話聞いてくれます?」
旦那は答えなかった。
「昔……って言っても結構最近の話なんですけどね。俺が仲間と京に上がってくる時に、賊に襲われたんですよ。俺もまあ、剣術は一応たしなんでたんで応戦したんですが」
人が斬られた音は嫌いだと思えなかった。仲間が死んだのも別に悔しくなかった。ただ俺は、誰かに守られた事と誰かを守れなかった事が悔しくて仕方なかったんだ。たぶん。
「仲間が俺のせいで死んじまってね。て言うか死んだ仲間は全員、俺を守ろうとして死んだもんですからまあ生き心地が最悪でね」
「じゃあ死ねばいいんじゃないか?」
「ご親切な助言どうも。でも俺は生きる事を選んじまったんで今更死に急ぐのはどうも違う気がしてるんですよ。だから俺、強くなろうと思って毎日毎日稽古してるんですが、何せ実践する場所がないんですよ」
だから自分がどれだけまだ弱いのか分からなくて。土方さんや近藤さんの仕事に俺も着いて行くと進言出来ないでいるのだ。
「土方さんたちは仕事山ほどあるのに」
「お前、新撰組の奴か?」
「あ、まあ。一応」
「そりゃ難儀なもんだな」
「どう言う事です?」
「お前ら、刀を奮う為に来たんだろ。なのに回されるのは机に向かう仕事ばかりだって村崎がーー知り合いが言ってたもんだから」
「え? でも土方さんたち、ちゃんと遠征に行ってますよ。刀、引っ提げて」
「だから遠征して紙と戦ってるんだろ。第一、京なんざ徳川の忍が何人も入って守ってるんだから。武士は今更呼ばれてねぇんだよ」
旦那は言って、刀を炎の中に入れた。俺は酷く動揺してしまって、その場で立ち尽くしている。鍛冶の旦那はそんな俺を見て呟いた。
「まあ、戦もない時代だしな。何年かしたら忍がお払い箱になってお前らが忙しくなるだろうよ。それまで我慢するんだな」
「旦那は時代を見てるんですね」
「鍛冶屋だからな」
「そうですか。あぁ。刀、お願いしますね。俺はとりあえず帰ってひねくれた性格直してきますんで。じゃあ、また」
旦那は返事をせず手を挙げた。俺は何となく晴れた思いを持ちながら敷居を跨いだ。