キミが刀を紅くした
土方さんに連れられて俺は一番隊と共に花簪と言う旅館を訪れた。合図は俺がしろと彼は言ったが、俺は遠慮した。もう間違いたくないと心が訴えていたからだ。
土方さんが合図を出し、一番隊が中へ突入して行く。俺はその先頭を走った。女の子がふと部屋の隅っこで掃除をしていた。浪士たちが刀を構えているのにも関わらず、だ。
「応戦を!」
隊長らしく指示を出して俺はすぐに女の子の方へ行く。俺と歳は変わらないかも知れない。その子は手拭いを片手にしながら俺を見てにこりと微笑んだ。
その一瞬、俺は浪士を捉えに来た事を忘れていた。だがすぐに思い出す。後ろからの殺気に気付いて刀を抜くと、女の子を背にした。
「その法被、やはり幕府の犬!」
「そんな呼ばれ方してるんですね、新撰組」
「問答無用だ!」
子供相手に大振りできりかかってくる浪士二人。俺は一人の腹を蹴飛ばして距離をとると、もう一人の男を刀で叩き斬った。
途端、自分の身体がずいぶん身軽に動けるものなんだと知った。昔とは大違いである。あの時蹴り一つで俺をぶっ飛ばした土方さんと同じような事を俺は今、やったのだ。
「……人斬りの気持ちが分かっちまった」
これは癖になる。
「よくも仲間を!」
浪士たちは集団で俺に狙いを定めた。俺は周囲を見渡してその数を数えながら口角を上げた。俺はこの半年程、稽古しかしてこなかった。なのにこの差はなんだ。大人が何人かかっても、俺には勝てっこないんだ。
だがすぐに唇を噛んだ。
「まだだ」
体勢を低くして刀を構えた。さっき斬った。奴の刀も空いてる手に持って俺は一時だけ息を止めて考えるのを止めた。
稽古をしている時に悟った事がある。俺みたいに未熟な奴が土方さんや近藤さんの様な完璧な剣術に勝つには、教本ばかり読んでいてはだめなのだ。考えたってついていけない。ならすべき事はただ一つである。
「……下がれ!」
土方さんが叫ぶ声がした。
俺は猛攻をかける。腕を少し斬られた。だが刀は奮い続けた。何も考えないようにして感覚と本能だけでそれを続けていると、背中の敵以外は何となく行動が分かってくる。
ざわめく音。
窓から誰かが入って来た。俺はお構いなしに刀を向けるが、その人は俺の太刀をひょいと避けて部屋の隅っこへかけていく。
「総司、お前」
敵は全部倒した。隊士たちは土方さんの最初の言葉で部屋の外に避難していたらしい。俺は土方さんの呆気にとられた顔を見てから、少しだけ笑ってしまった。すると土方さんは更に怪訝そうな顔をしてしまう。