キミが刀を紅くした
うるせぇ!
とか何とか言いながら男が近くにあった角材を手にした。腰には立派ではないが刀があるのに。
俺は口角を少しだけ上げた。これで彼を斬る理由が出来た。きっと彼は分かっていないだろうけれど。いや誰も分かってない、か。
能ある鷹は爪を隠すのだ。
紅椿でのあだ名は笑う人斬り。
俺の終わりは、瞬間である。
「俺の名を知って尚、向かって来る度胸は褒めてやっても良いな」
俺は角材を叩き割って、刀を振り上げた。が、刃ではない方の手にあった鞘を男の頭部にぶつけてやった。偶然にも刀を振り下ろす瞬間に思い出したのだ。
人斬りになる時間ではないと。俺はまだ誠を背負ったままだ。
「沖田さん、こんな所にいましたか。みんな探してましたよ」
ふと背後からそんな声が聞こえた。あぁ、そういえば陽が落ちる前に花簪に行かなければならないのだったな。忘れていた。
俺は振り返り、隊士を見る。
「行くつもりが、ちょっと通りがかりにいざこざが起こったもんでね。じゃ、この男を頼みます」
「はい。あぁ、沖田さん」
「何か?」
「花簪の表にはもう浪士がいますから、気をつけてくださいね」
俺は小さく頷いて歩き出した。いや、走り出した。間に合わないなんて事になったら本気の土方さんにどやされてしまうから。
せっかく堂々と人を斬るチャンスが目の前にあるというのに。
血を浴びたいと思った事はないけれど、血を浴びる結果が強さに繋がる事を知ってからはそれを嫌がった事は一度もなかった。
俺が求めるのは強さだけ。
ただそれさえあれば全てが解決するのだ。俺の野望は強くなる事だけである。土方さんよりも、大和屋の旦那よりも――誰よりも。
花簪の表側には隊士が言った様に、浪士がたむろしていた。見張りのつもりだろうか。あれでは殺してくれと言っている様な物だ。
俺は密かに一番隊と合流した。