キミが刀を紅くした
例の一件で俺の名と新撰組の名は瞬く間に良い意味で広まった。浪士の大量検挙は相当な手柄だとして近藤さんも鼻高々に町を歩けるようになったらしい。
俺が呼ばれなかった時にしていた仕事は、後から聞くと土方さんと近藤さんの配慮だったそうだ。俺の稽古を見ていたからこそ、どれだけ強くなっていたかも知っていた。だから花を持たせてくれたのだ。島原には入れなかった分のお詫びなんだそうだ。
「お邪魔しまーす」
あの一件から三日ほどして。俺はまたあの鍛冶屋に足を運んでいた。預けた土方さんの刀を取りに来たのだ。そしてこの頃、世間では世荒しと言う名の浪士が現れていた。
「鍛冶屋の旦那、いますか?」
「誰だ?」
「新撰組の沖田です」
「あぁ、沖田か」
仕事をせずに転がっている旦那を見ながら俺はかまどの近くに腰を下ろした。旦那はそんな俺を見て半身を上げると、何かをこっちに放り投げてきた。
取り溢さないようにその軽い何かを受けとると、俺はぎょっとした。真っ赤な椿だったのだ。あの時中村の姉さんが持っていた。
「やるよ」
「何ですこれ」
「椿だ」
「見りゃ分かりますけど」
「お前、暗殺組織に入る気ねぇか?」
「はあ?」
「紅椿。暗殺組織とは言うが、徳川の将軍を背後にした完全な捨て駒なんだがな」
「それもしかして、中村の姉さんも?」
「なんだ、知ってたのか」
「いや。季節外れの椿を持ってらしたんでね、何か血みたいなのもついてたし。それで、俺がそれ断ったらどうする気ですか?」
「別にどうも」
「あっそう」
旦那は立ち上がって刀の束の中から一本取り出すとその刃を剥き出しにした。見覚えがある。土方さんの刀だ。俺は立ち上がるが、旦那は刀を渡してはくれない。
「手合わせ頼むぜ、沖田」
「そのまま俺の事殺す気じゃないでしょうね?」
「お前どれだけ人を疑うんだ」
「ははっ、すいませんね」
俺は刀を抜いて構えた。
勝負は一瞬だった。瞬きをしただけで目の前から旦那の姿が消えて、もう一度瞬きをすると刀の切っ先が俺の眼球の寸前に来ていた。寒気がしたのと同時に刀は引いていく。
す、と刀を鞘に納めた旦那はそれを俺に放り投げてひらひらと手を振った。そして旦那は何事もなかったかの様にまた寝転ぶ。
「え」
俺は声を出した気付いた。
「旦那、今なにしたんです?」
「入るか? 紅椿」
「うわっ、悪代官だなあ」
「強くなりたきゃ来いよ」
「そんな事言われちゃ、入らないわけにはいきませんよね。あ、新撰組には内緒にしてくださいよ」
自分の刀を鞘に納めて俺は気付いた。
俺が求める強さはそこだ。超人技の様な、瞬きさえ許さないようなそんな感じ。きっとこの旦那みたいになれば俺は強くなれる。もう二度と守られないし死なせやしない。
「じゃあよろしく、大和屋の旦那」
(02:屍を越えて 終)