キミが刀を紅くした

独りよがりの世界


 惚れ込んだと言うと笑われるだろうか。理想を追いかける姿に憧れたと言うのが正しいのかもしれない。未だによく分からないが、俺は一人の人間として近藤さんを尊敬している。

 道場破りから芋侍になり、芋侍から幕府に仕える武士になった。俺の傍で笑っていたのは近藤勇。俺は彼の影で働いていた。ただ近藤さんが望むまま、だった。あの頃は。


 ーー。



 新撰組の名が世に広まり、世荒しなんてものが現れ始めた頃。安定した徳川の世に支えていた俺はふと、ため息をついた。



「トシ、どうした?」


「あぁ。いやーー島原の件でちょっと」


「島原? それは総司の活躍で、ほら、トシも行ったんだろ。全員しっかり捕らえてきてくれたじゃないか。報告書でも書いてるのか?」


「違います、浪士の件じゃなくてーー首代の話ですよ。島原の自警団。見回りの道順に島原を入れたいんですが中々、連中に納得してもらえなくて」


「あぁ」



 俺の部屋にやって来た近藤さんは、何度か頷きながら腕を組んだ。その手には似合いそうもない、煙管が握られていた。柄の入った割りと高価そうな代物だが、少しだけ煤でまみれているのが勿体ない。



「新参者が来てはいそうですかって認められないのは分かるが、どうもなあ。俺たちは幕府の命を受けて京の町を守らねばならんのに」


「いや、どうもそうじゃないらしいんです。首代たちは商売に影響がなければ別に新撰組が入っても平気だと言っているんですが」


「じゃあ何が問題なんだ?」


「吉原丑松って男が居まして。実質島原の実権を握ってる様な男です。俺は会った事がないんですが、どうも首代の頭の話ではその男が新撰組の入りを認めないって頑ならしくて」


「吉原丑松か。話は聞いてる。たいそうな色男らしいな。吉原の鬼神と呼ばれている夜帝にも認められたとかそうじゃないとか。まあ何にせよ、彼と話をしなければ島原に入ることすら嫌煙されてしまうかも知れないなあ」



 近藤さんが難しいかおをするものだから、俺は大きく深く頷いた。そして紙類やらを片付けると刀を腰に差して立ち上がる。



「今日、その男と約束を取り付けてますから話をしてきます。あと、近藤さん」


「ん?」


「何か用事があったんじゃ?」


「あぁ、これだ。これ」



 近藤さんは煙管を俺の方へ差し出した。俺は無意識にそれを受け取ってしまう。見た目よりずっしりと重みのあるそれ。俺はじっくりと眺めてから近藤さんの方を見た。

 彼は首を傾げる。



「総司の部屋の前に落ちてたんだがな、まさか総司が吸ってる訳じゃないだろう? それに最近、毎日の様に鍛冶屋へ足を運んでいるようだし」


「要は心配なんですね。分かりました。ちょっと島原の帰りにでもその鍛冶屋、覗いて見ます。この前の鍛冶の代金も、総司が無料にしてもらったそうなんで、その礼もかねて」


「あぁ、頼む」



 俺は近藤さんに軽く頭を下げて新撰組を出た。


< 271 / 331 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop