キミが刀を紅くした
まず一番に島原へ向かった。時は夕刻、約束の時間にはぴったりだ。島原へ入ると既に客引きは始まっていた。俺はその全てを無視して一番奥の首代の館へ足を向ける。
扉を開けた先に居たのは一人の男だった。
「やあ」
呑気な挨拶をして彼は俺に微笑む。俺は入るなり軽く会釈をしてその男に近付いた。
「吉原丑松か?」
「そうだよ、土方歳三さん」
「時間を取ってもらって申し訳ない」
「いいや。こっちこそ、勤務中に無駄な時間を作ってしまって申し訳ない気分だよ」
無駄な時間。
俺はぴくりと眉間を動かしたが、すぐに顔を繕って彼のそばに勝手に腰を下ろした。その言葉から察するに、新撰組の立ち入りを許可するつもりはないらしい。
「結論から言うと俺は貴方の話を断るよ。あぁ、絹松が昼間に作った草餅だ。よかったらどうぞ」
「あぁ、どうも」
「京さんが心を込めて入れたお茶もね。みんな貴方が来るからって居たがったんだけど、人払いはさせてもらったよ。これから話すのは残念な話ばっかりだからね」
「どういう意味だ?」
「そのままだよ」
俺は茶と草団子を前に手を合わせた。いただきますと小さく言ってからそれを口に運ぶ。中々うまい。久しぶりにこんな味を食べたなあと思いながら食っていると、吉原が目の前でくすくすと笑い始めた。
俺は顔をあげる。
「何だ?」
「いや、何か思ってた人と違ったから。世間では鬼の副長って呼ばれてるの知ってる?」
「ーーいや」
「鬼の割りには柔らかい人だ」
「お前もな。鬼神と呼ばれている割りには何と言うか、良い意味で飄々とした印象だ」
「お互い様ってことか」
吉原は楽しそうに笑うと、懐の刀を自分の前に置いた。それは武士が相手に敵意がない事を示すもの。俺は素直にそれに倣った。
彼はお茶を一口含んで俺を見た。
「さっきは悪いね。不躾な事をした」
「謝られる事は何もない」
「そう。だけど、答えは変えられないんだ。申し訳ないんだけどね。島原は島原の人間がちゃんと守ってる。だから大丈夫なんだ」
「首代の話は昨日、草苅から聞いた。だがここは浪士が寝ぐらに使えそうな場所が多い。俺たちが見回る事で、事件を未然に防ぐ事だって出来るんだ。それに検挙も早くなる」
「て、言われてもねぇ」
「勿論、島原の規則は守る。お前たちの仕事の邪魔はしない。それは約束しよう。それでも検討すらしてもらえないのか?」
俺の言葉に吉原が揺れた。考えるような素振りをして時折切なそうに眉を下げる。その仕草を見ている限り、断られるのは目に見えていた。だが俺は黙っていた。
俺が草団子を食べ終わると、吉原はようやく口を開けた。だがその目に許可はなかった。
「貴方も簡単には引けないんでしょ」
「まあな。だがお前も簡単には許可できないんだろ」
「ちょっとだけ俺たち似てるよね」
「さあ、どうだかな」