キミが刀を紅くした
「ーー総司」
目を丸くすると言うのはまさにこの事だ。俺ではなく名前を呼ばれた総司の方が大口を開けたまま俺を見て固まっていた。まさか俺がこの場所に来ているとは思わなかったのだろうか。それは、俺も同じだが。
大和屋はそれを見て笑った。
「悪趣味にも程があるでしょ、大和屋の旦那。俺、土方さんには言わないでって言ったでしょ」
「勘違いすんな。俺は何も言ってねぇよ。偶然俺の煙管を届けに来た土方が暗殺帰りのお前と鉢合わせただけ。俺は関係ねぇ」
「それを言ってんじゃねぇか。全く、本当は相当な馬鹿なんですか? 俺も怒る時は怒るんですよーーまあ、今じゃないですが」
総司は俺をもう一度だけ見てため息を吐くと、俺とは逆の方にある台に腰掛け、上着を脱いで半裸になった。血塗れたそれを苛立った様子で大和屋に投げつけた総司だが、その顔はあきれたと言わんばかりの表情。
俺は少しだけ言葉を選びながら口を開けた。
「説明しろ、大和屋」
「全く言葉を選んでねぇな」
「何だと?」
「黙り込んでるから色々考えて何か言うのかと思ったら。まあ説明なんてする程の事でもねぇが。知りたけりゃお前も入れよ土方」
「ちょ、旦那!」
「俺は始めからそのつもりだったぜ」
意味が分からない。その意を込めて眉間にシワを寄せると、大和屋は眉を上げて俺を盗み見た。
つまり何だ。総司は大量に帰り血をあびる浴びる程の暗殺をして来て。俺は大和屋によって呼ばれるべくしてここにいると?
「暗殺って何だ」
俺はまず、一つずつ事を解決していく事にした。何にせよ起こった事は変えられない。ならいち早く状況を理解しなければいけない。深く考えるのは、それからでいい。
「徳川直々の暗殺組織、紅椿ってもんがこの世にはあってな。って言っても発足したのは何日か前の話なんだが。俺は徳川慶喜若将軍のお墨付きでその組織を仕切ってるんだ」
「お前、浪士なのか?」
「見方によっちゃな。だが俺の話を聞いてお前は多分、そうは思ってねぇだろ?」
それはそうだ。あれだけ徳川の名を出されたら浪士だとしてもそんな事は言えない。俺はなんせその徳川に仕えている組織の分際なのだから。徳川直々よりは格下だ。
大和屋は満足そうに笑う。
「沖田はその暗殺組織に俺が誘ったんだ。あと島原の吉原に、花簪の中村だろ、それから徳川の忍の服部と。最後はお前だ」
「俺は」
「入るだろ」
「時代に逆らう気はない。徳川には従順でいるつもりだ。だが俺は個人としてじゃなく、新撰組の面目を守るために従じているだけだ」
「新撰組に利益がなきゃ入らないってか」
「逆だな。新撰組の不利益になりそうだから入らない。その犯人が俺や総司だと分かった時、迷惑を被るのは間違いなく新撰組だ」
俺は総司を一瞥してから立ち上がり、大和屋を睨み付けてやった。
「俺が屈するのは将軍じゃない。新撰組の近藤勇だけだ」
俺はさっさと大和屋を出た。