キミが刀を紅くした

 まず咄嗟に思った事は、世荒しを殺してはいけないと言う事。なぜかそう思って俺は尊皇攘夷関わらず刀を奮った。だが俺の目の前に現れたのはそのどちらでもない男。

 口元を忍の様に隠している。見えているのは目元だけ。服は随分古ぼけた浅木色の着物だ。売れない商人の様な出で立ち。だがその手に持っている刀は紛れもない本物だ。



「お前、何者だ」



 片膝をついた世荒しの傍に立って、自ら向かって人を殺している。下手をすればその太刀筋は世荒しのそれよりも激しく惨い。

 俺はその刀を受け流し、一歩下がった。

 忍紛いの男が持つその刀は黒い刃の刀だった。珍しい。鉄で出来たようなその刀はなんと言うか、その男にとてもなついていた。



 しばらく様子を見ていると世荒しが立ち上がって働き始めた。俺はもっともっと離れた場所で待機する。隊士たちは先に帰した。そもそも俺たちは徳川派として派遣されたが、尊皇派を守れと言う命は貰っていない。

 俺は今後の為に二人を捉える事にした。

 尊皇攘夷両派とも数だけは揃えていたらしく、昼夜問わず世荒したちに襲いかかっていた。遠くから見ている限り、世荒しが主になって動いている。彼に隙が生まれると、それを埋める様にしてもう一人が出てくる。

 世荒しはもう一人の事をあまり考えて動いていないが、もう一人は寧ろ世荒しの事しか考えていない風だ。何と言うか、まあ。



「意外と健気な奴だな」



 お互いに狭い視界。

 世荒しの目的は人殺しか何か知らないが、彼はそれしか見ていない。対してもう一人の男は世荒しの事しか見ていない。動き回っていて顔をじっと眺める事は出来ないが何となく世荒しの体型は記憶した。もう一人の事はどうでもいい。最初から分かっている。


 寝ずに番をしていたら三日が経った。

 辺りは死体の山だった。立っているのは一人だけだった。世荒しの傍にいた男だ。彼は一度座り込んで休憩すると、刀を杖に立ち上がって倒れ込んでいる世荒しを担いだ。



「ーーおい」



 俺を無視して通りすがろうとする男に声をかけると、男は世荒しを雑に担いだまま立ち止まった。振り返りはしない。振り返ったところで、この更けきった夜では顔は見えないだろうが。

 俺は言葉を考えた。だが特になにも出てこなかった。捕まえる絶好の機会だと言うのに俺の身体は動かない。理由は簡単だ。近藤さんの大事にする新撰組よりこの世荒しの方が守らなければいけないと思ったから。


 男は俺が何も言わないと分かるや否や歩き出す。俺はその背を見送ってから地面に座り込んだ。死体の山。世荒し。謎の男。



「ーー間違えたかもな」



 あそこで捕まえなければいけなかった。

 かもしれない。将来、あの二人は新撰組にとってよくない存在になるだろう。俺はそんな予感がして仕方なかった。だがもう後の祭りである。俺は少し汚れた自分の姿を見ながらゆっくりと息を吐いた。そして。

 まだ静かな京の町へ歩いた。


< 278 / 331 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop