キミが刀を紅くした
「土方、お前」
大和屋は真面目な顔で俺に近付くと、そのまま腕を引っ張って鍛冶屋の外に連れ出した。引っ張る、なんて可愛い表現は似合わないぐらいのすごい力だったが。
俺は何となく後ろ手で戸を閉める。
「お前、昨日の見たんだろ」
「何の話だ」
「しらばっくれんな。世荒しの件だ」
大和屋は頭をかきながらばつが悪そうな顔をする。何となく似合わないと思ってしまったのは秘密だ。
「奥で寝てんのが世荒しだって気付いてんだろ。お前、何で捕まえなかったんだ?」
「捕まえて欲しかったみたいな言い方するな。俺だって捕まえてやりたかった」
「は?」
「ーー次、どっか荒しやがったら捕まえる。軍隊引っ張っててもな。勿論お前ごとだ」
「俺は」
「居なかったとは言わせないぞ」
俺は大和屋が腰に下げたままの刀を少しだけ抜いた。黒い刀。大和屋は少しだけ口を開けたまま止まっている。俺は口角をあげた。なんとなく、良い気分ではあるな。
「目は口ほどに物を言う。見付かりたくなかったら次は目を隠すんだな。さんざん俺の方を見ていたくせによく誤魔化せると思ったな」
「別にごまかそうなんて、思ってねぇよ。だがよく分かったな。さすが新撰組の二番手って所か。目だけで判断したのか?」
「何言ってんだ。お前が吐露したんだろ。世荒しの友人だって。それにその手の豆は鍛冶だけじゃならん。普通ーー俺ぐらいの人間なら簡単に気付くぞ」
大和屋は自分の両手を見ながらほお、と関心した様な声を出した。俺は彼を見ながら不思議に思う。頭が良いのか悪いのか。確かなのはその鍛冶の腕と激しく惨い剣術だけ。
「まあ、別に他言しようなんて思わないから気にするな。次にやったら捕まえるがな。俺も紅椿とやらに加勢した身だ。多少の事は協力してやらない事もない。多少は、な」
俺は加勢する代わりにこれから紅椿の件を揉み消す役割を果たさなければならないだろう。だがその代償に新撰組として島原に入る事が出来るようになった。
それに俺が紅椿に入ると将軍が知ればーー。
「お前、見合いを断りたくて紅椿に入るんじゃねぇだろうな?」
「なっ」
「はーん。新撰組の副長ともあろう男が見合い話一つでわたわたするとはなあ。ははは。慶喜殿に見合い話吹き込んどいてよかったぜ」
「何だと? お前」
「おっと口が滑った」
「今すぐ将軍様の所へ行って上手いこと撤回してこい。俺の口が滑る前に。さあ早く」
「おい、真顔で怖い事言うな。そんな事出来るわけ」
「紅椿に入る前にお前をぶった斬って中に居る奴も捕まえてやろうか。今すぐだ。さっさと行け」
「……はっ、俺が帰るまで吉原以外家から出すなよ」
眉間にシワを寄せながら大和屋はため息をついて歩き始めた。俺は見えなくなるまで奴を見送ってから大和屋の家に入った。
吉原は暫くすると帰って行った。
世荒しの顔を見なかったのはまた俺の本能が働いてしまった残念な結果だ。だが俺は紅椿と関わって一つ気付いた事がある。
新撰組を思う俺はまるで、世荒しを思う大和屋の様。独り善がりに過ぎないのかも知れない。
(02:独り善がりの世界 終)