キミが刀を紅くした
日課の甘味屋から帰るとじいちゃんはいつもの様に眠った。俺はそれを見計らってぼろぼろの錆びた刀を一本腰に下げ、夜中に家を出た。島原の裏手にある空き広場へ入ると、そこは俺だけの剣術稽古場だった。
空を見上げれば一面の星空。
俺はいつも想像する。その星たちが真剣を手に俺を殺そうと企んでいる。俺はぼろ刀一本でそれを相手にしなければ行けない。
刀を両手で構えて一歩前に出る。勢いよく降り下ろし、そのまま横に降りきる。風を切る音を聞きながら俺は目を閉じた。想像上の敵を倒していく。ふわふわと踊る様に舞う様に刀を持ち変え足を組み換え切っていく。
「……うわあ」
誰かの声が聞こえて、俺はぴたりと刀を止めた。目を開けると切っ先の数センチ先に誰かが立っていた。目を真ん丸にした同じ年頃の男だ。俺は無表情でぼろ刀を鞘にしまう。
「お前、俺を人殺しにする気か」
「ごめん。でもすごくて」
「何が」
「優雅だなあって思って。和歌姉さんみたいだった。すごくなんて言うか、きれいで」
「誰だそれ」
「俺の母さんの一人だよ。あ、そろそろ行かないと絹松に怒られちゃう。ねえキミ名前は?」
「何でお前に言わなきゃなんねぇんだ」
「俺はね」
「聞いてねぇよ、さっさと行け」
「うん。またいつか見せてね」
「もうやらねぇよ」
誰か知らないぼろぼろの着物を着た餓鬼を追いやって、俺はため息を吐く。今日はついていないのかも知れない。なんて被害妄想的な思考を引っ張り出してみたりした。
俺は真っ暗な木陰の方を睨み付ける。すると一人の子供が出てきた。また子供だ。しかも今度も同じ年頃の男。
「何だよ」
「申し訳ない。邪魔をする気は」
「じゃあ何?」
「あ、えっと」
つかつかと俺に近寄ってきた子供。さっきの奴とはうって変わってすごく整った着物を着ている。武家の息子と言った感じ。髪の結い方も昔ながらで、差している刀も。
あの刀は。
「おい、その刀。逆刃じゃねぇか」
「抜いてないのに良く分かりましたね」
「見りゃわかるそんなもん。俺は鍛冶屋の、息子だからな」
拾われた分際でそう言うのはどうかと思ったが、俺は得意気になってそう言った。何ともくすぐったい話で。じいちゃんが聞いたらきっと笑うだろうと恥ずかしくなる。
ぱあっと表情を明るくさせた子供はその長い逆刃刀を鞘ごと抜いて俺に差し出した。
「もしかして大和屋さんの所の?」
「あぁ。そうだが、これを俺に渡してどうする」
「あ。つい。すいません。探してたんです大和屋さんの鍛冶屋を。俺は今度その隣に住むことになってるんですけど、迷ってしまって」
「お前、瀬川村雨か?」
「それは父の名です。俺は村崎」
「へぇ。村崎か。お前一人?」
「父は江戸で仕事が終わるまでは来れないので。あの、大和屋さん。申し訳ないのですがそれが終わってからで良いので、家まで着いていってもいいですか?」
「それ?」
「稽古してたんですよね」
その言葉は俺には以外だった。あれが稽古に見えていたなんて。俺は勿論稽古をしていたのだが、普通に見れば多分剣舞の様にしか見えていないと、自負していたから。
見るやつには分かるのだろうか。なんて。