キミが刀を紅くした

「いいぜ、村崎」


「本当ですか」


「あぁ。あと暇だから相手しろ」


「俺でよければ」



 ぼろ刀と鍛冶が要る位の逆刃刀。俺たちは向かい合ってそれを鞘から抜いた。途端、規則正しい生活をしてそうな村崎の雰囲気が一変した。俺はぼろ刀の柄を握り締める。

 黙っていたら負けそうだ。



「行きますっ!」



 村崎が先攻した。俺は鞘でそれを受け止めると、そのまま村崎の刀を振り落とす。ぐるりと剣舞の様に回転して村崎の腹をかっさばいてやるつもりで斬り付けると、村崎は俺の真似をして鞘でそれを受け止めた。



「真似すんな」


「ははっ」



 俺は本気で殺しに行ってるし、笑われると癪に触るはずなのだが。なんとなく楽しいと思ってしまった。このまま刀を合わせ続けていると何だかすべての事を忘れてしまいそうな気がして少しだけ妙な気分になる。

 俺は今度は鞘で村崎の腹を思い切り突く。すると村崎は苦しそうにして一瞬よろけたので、俺はそこをぼろ刀で斬った。が。



「あ」



 ぼろっと落ちた刀は俺のものだった。だが負けたと言うには優勢すぎる。ただ、刀がボロすぎて降り下ろす時に耐えられなかっただけである。俺は刀を拾って鞘に突っ込んだ。



「俺の負けだな」


「それは俺への侮辱ですか」


「はあ?」


「刀がしっかりと手入れされたものなら俺は死んでますよ。なのに大和屋さんの負け?」


「この刀を持って来たのは俺の判断だ。この刀を選んだにも関わらず勝負を仕掛けたのも俺だぜ。当然俺の負けだろ。俺はもう丸腰と一緒なんだから」


「そうですかね。大和屋さん錆びた刀で俺に勝ってたんだから折れた刀でもきっと」


「勝ってねぇだろうが」


「でも!」


「くどい。それ以上言うとおいて帰るぞ」


「約束したのにですか」


「俺は武士じゃねぇからな」


「でも男でしょ」


「そこら辺の信念があるのは武士だけだろ。さっさと行くぞ村崎。二度は言わねぇぞ」


「あ、待ってください」


「その敬語やめろ」


「あ、はい」



 刀をしまうとどうしてこうも良い所育ちの雰囲気が拭えないのだろうか、と思いながら俺は家に帰った。村崎は俺の一歩後ろを喋りながらついて来る。俺は返事なんてしてやらなかったけど。



「ありがとうございました」


「やめろって言ったろその喋り方」


「あぁ。ごめん」


「じゃあな」


「また明日」


「会うかはわかんねぇだろ」


「また手合わせしてくださ……してくれ」


「お前とはしねぇよ」



 片手を振りぴしゃんと戸を閉めてしまうと、村崎の声は聞こえなくなった。代わりに隣の家が静かに閉まる音がする。

 俺はぼろ刀をいつもの場所に返して、さっさと薄っぺらい布団に入り込んでしまった。

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