キミが刀を紅くした

「宗柄だな。座りなさい」


「はい」



 俺は息を呑んだ。この人はじいちゃんみたいに甘やかしてくれる人じゃないと一目で分かってしまったから。俺はこの人に村崎みたいに育てられたら、多分気が狂うだろう。

 俺は村雨さんの前に正座するなり頭を下げた。



「ご迷惑をお掛け致しました。ろくにご挨拶も出来ていなかったのにーー身元を引き受けて下さってありがとうございます」


「うむ。大和屋殿の息子は話に聞いていた通り、利口な様だな。さあ、頭を上げなさい」



 俺は首を振る。

 じいちゃんが死んで俺の無駄に回転が早い頭は、ある事に気付いてしまった。それは今までの様な生き方はもう許されないと言う事。俺はもう誰かの子供としては見られない。大和屋のじいちゃんは少なからず俺の両親を知っていたが、村雨さんは知らないのだ。

 だから俺はこの人に――この一家に迷惑を掛けないように節度ある大人として生きていかなければならない。せめて俺がたった一人でも生きていける様になるまではこの一家に世話にならなければ死んでしまうのだから。



「身元を引き受けて下さったと言う事は、俺とじいちゃん――大和屋道心との関係もご存じだと思います。そして、俺が、勝手な事をして道心を死に追いやってしまった事も」


「勿論だ。村崎と共に大和屋殿と宗柄を見つけたのは私だからな。大和屋殿から事情もすべて聞いている。だから私は大和屋殿の一件の処理をし、お前を引き取ったのだ」


「ご存じであるならば」


「だが、自分の勝手で死に追いやった等と言うのはやめなさい。それはお前の思い込みに過ぎない。そう言うのであれば、私や村崎にも彼を救えなかった負い目がある」


「でも俺が家出なんてしなければ」


「宗柄」



 俺はふと顔を上げてしまった。その時の村雨さんの顔はきっとこれから先、俺がどれだけ長生きしようと忘れないだろう。その怒りに満ちた恐ろしい顔は。だが俺に怒っているのではないと言う事はすぐに理解できた。

 俺に向けられる声は怒っていない。

 優しい声と恐ろしい顔のまま、村雨さんは微動だにせず言葉を紡いだ。



「お前が今やるべき事は後悔をし、私に懺悔をする事か? それは未熟者でも出来る事だ。そうだと思うならそうし続けるが良い。お前を引き受けたのだから、いつまでも聞いてやる。だがそうじゃないだろう」



 大人は子供に言うものだ。これから育つのだから学んでいけばいい、間違っても正せば良いと。だけど村雨さんは今の言葉で俺に言った。お前は未熟ではない。学ぶよりするべき事がお前にはあり、間違う事は時間の無駄だと。



「今、この家に入った目的があるのならそれを先に言いなさい」



 そうだ。俺がこの家に入ったのは自分の人生を選びに来たからだ。彼に謝罪し懺悔し許しを請う為ではない。慰めてもらう為ではない。

 俺はもう一度頭を下げ直した。



「村雨殿。引き受けていただいて大変感謝しております! しかし――俺は瀬川の名を名乗ることは出来ません! 武士にもなりません! 俺は、村崎の様な生き方は出来ません!」



 身勝手な餓鬼がこれからも身勝手に生きさせて欲しいと頼み込んでいるのだ。これほど滑稽な事はないだろう。それは分かっている。だが俺はこれを言わないといけない。



「武家に入って武士にならんと?」


「ですから、瀬川の名は名乗れません」


「瀬川の名が不満か?」


「いいえ」


「なら何故だ?」


「俺は」



 俺はまだ子供だ。



「俺の思う様に生きたいんです」



< 288 / 331 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop