キミが刀を紅くした

 思うように、なんて。

 言ってからなんて我が儘な事を言ったのだろうかと思った。それは村雨さんも同じだったらしく、下げていた頭を持ち上げられ、一発強く殴られてしまった。あぁ。でも。



「俺は、武士になる素質があったとしても、それを人の命令で使うような、大人には、なりたくないんです」



 自分で思って殺すのは良い。だけど人に言われて意志のない殺しはただの殺戮人形だ。俺はそれにはなりたくないのだ。だから。

 だから武士は嫌だ。



「でも俺はまだ、子供で、何をするにも未熟だから、どうか助けてください」



 一人で生きていけない事は知っている。

 村雨さんに殴られて土床まで下がった。だけど俺は気にせずその場で土下座した。俺の尊厳はそれを嫌がるけれど。それでもやった。俺は、この人たちに助けられないと死ぬから。



「お願いします」



 そう言うと、背中を撫でられた。村崎の母さんだ。彼女ははきはきとした口調で村雨さんの名を呼んだ。



「村崎には小さい頃から貴方が道を教えてきたから、今まで反抗なんてしなかったけど。宗柄くんは違うわ。そもそも、子供は我が儘なものよ村雨。これが、普通なの」


「そんな事は分かってる」


「なら」


「さっきの一発は覚悟を確かめたものだ。私の一発を受けるだけで泣いて謝るようじゃ大したものじゃないからな。宗柄、顔を上げなさい」


「はい」


「私はお前を見捨てるつもりは毛頭ない。そこまでの思いがあるのなら武士になれとはもう言わん。だが肝に命じておきなさい」


「はい」


「お前はもう息子も同然。引き受けた時からそうだ。だから心配をかける事だけは控えなさい。それから、自分を大切にしなさい」



 胸が熱くなった。俺は唇を噛んで、溢れ出そうな涙を必死で堪える。もう一度だけ深く深く頭を下げると、村雨さんと村崎の母さんは少しだけ声を出して笑っていた。

 俺はなんとなく幸せだった。



「そういえば村崎はどうした? 宗柄の家に行ったはずだが」


「あ、まだいると思いますよ。迎えに行ってきます」



 俺は目にたまった涙を拭いながら村崎の家を出た。そして深呼吸をして仏頂面をわざと作ってから、自分の家の戸を開けた。


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