キミが刀を紅くした
「あ、大和屋」
「ん」
村崎は俺の言った通りずっと座っていた場所に居た。俺はその傍まで行き、村崎を見下げた。見上げた彼は何を言うかと思ったら、さっきの握り飯を俺に差し出した。
ちょうど半分に割られたそれ。多分、残りの半分を俺にとって置いたのだろう。俺はぎゅっと心臓を握られた様な気分になった。
「お腹一杯だから、俺は」
「……ありがとう」
飯を突っ込んで喉に押し込む。いつの間に用意していたのか、村崎は湯飲みに水を入れて俺に差し出していた。用意周到な奴め。俺はそれで飯を胃に流し込む。そして息を吐いた。
村崎はかまどを見ていた。
「大和屋、お前は武士になるのか?」
「なんで?」
「強いから」
「お前は?」
「なるよ。どうして?」
「お前も強いからな」
「なあ、また手合わせしてくれるか?」
「……さあな」
「俺に負けたくないんだろ」
「……かもな」
村崎は笑った。
「何笑ってんだよ」
「お前は堅いなあと思って」
「どういう意味だよ」
「すごい色んな事を考えてるみたいに見えるけど、実はあんまり考えてない、みたいな。端から見たら近寄りがたいかもな」
「その割りにお前は寄ってくるな」
「だって大和屋、強がりなだけだろ」
「なんでそうなるんだよ」
「俺にはそう見えるから。なあ、武士にならないんだったら鍛冶屋になってくれよ」
「はあ?」
「俺が育って立派な武士になった時、鍛冶屋がなかったら困る。今の鍛冶屋はみんな若くないから」
「でも俺は鍛冶をした事ないからな」
「今からやれば?」
「え?」
「俺も大和屋もまだ長生きするだろ。今からやったって間に合うよ。難しそうだけど鍛冶って。お前なら出来るだろ?」
何を根拠に言っているのかは分からないけれど、俺はその時笑ってしまった。そしてふと思った。今から学んでも遅くないのなら、どうだろうか。完璧な鍛冶屋になってみるのも良いかも知れない、と。
そうしたら村雨さんの役にも立てるし村崎にも……少しは役に立てるかもしれない。
「俺は鍛冶屋になってもいいと思うか」
「思わなかったら言わないって」
「本当に?」
「何か弱気だな。誰が何て言おうと俺は良いと思う。と言うかなってくれなきゃ困る」
「ははっ、じゃあなってやるよ」
「本当か?」
「本当。いい案出してくれたぜ、村崎」
そうしたら俺はこの家に住み続けられるしじいちゃんの仕事も継げる。それに、瀬川家の役にも立てるし、自由に刀が奮える。
喜ぶ村崎を見ながら俺は思った。きっとこの先何があっても、俺は村崎には敵わないんだろうなと。俺に居場所と意義を与えてくれた村崎にはきっと。俺は歯向かえない。
「しかしお前、喜びすぎだろ」
「そりゃ喜ぶよ。俺は武士になる。お前は鍛冶屋になる。そしたら俺たちは疎遠になる事はないだろ?」
「……なあ村崎」
「ん?」
「やっぱなんでもねぇ」
「なんだよ、気になるだろ」
この能天気な村崎には何を言うのも憚られたが。俺は少しだけ嬉しかった。だってそうだろ。村崎は俺と疎遠になるのが嫌だからそんな事を言ったんだから。
自惚れかも知れない。だけど俺は多分、一生の友人を手に入れられたのだから。
「うるせぇ。忘れろバーカ」
(02:握った黒い刀 終)