キミが刀を紅くした
―03
裏切りの始まり
本当に強い人と言うのは瀬川の兄さんの様な人を言うんだと最近気づいた。あの人は実力もあり物怖じしない性格で言葉もまあまあ攻めてくる。なのに、至極、優しい。
純粋にこんな風になりたいなあと思ったのは土方さんに次いで二人目だったけど、どうしてかこう、土方さんにはない憧れが瀬川の兄さんにはあったのだった。
「あ、おはようございます瀬川の兄さん」
「……あ」
「朝飯食べますか? 用意しますけど」
「……はい」
俺はあの時、華宮さんを殺せなかった。だからかどうかは何とも言えないが何となく新撰組にも帰れず、何とまあ瀬川の兄さんの家で俺は長い事世話になっている。
瀬川の兄さんは寝起きがあまり良くない日がある。大抵その前日に大和屋の旦那と会っている時らしいけれど。俺はよく知らない。
「はい。兄さん、出来ましたよ」
「ありがとうございます。すいません、最近毎日お手を煩わせてしまってますね」
「何言ってんですか、俺が厄介になってるってのに。あ、魚は昨日吉原の旦那から分けてもらったもんなんで気にしないで下さい」
「丑松殿が? じゃあ今日行きがてらにお礼を言わなきゃなりませんね。水羊羹でも持って行きましょうか」
「今日はどこいくんです?」
瀬川の兄さんは魚を箸でつつき食べながら俺をちらと見た。俺は顔が知られ過ぎているし、土方さんも俺を探しているらしいのであまり町には行っていない。だからあまりそう言う事を聞こうとも思わないのだけど。
紅椿を壊すと言ってから俺は何の手伝いもしていない。だから何となく気になったのだ。
「沖田さんも来ますか?」
「え? いいんですか?」
「勿論ですよ。あまり沖田さんからそう言う事を聞かれないので、紅椿を壊す事に抵抗があるんじゃないかと思ってたぐらいで」
「まさか!」
「そうですね。失礼しました」
くすくすと女性のように笑いながら瀬川の兄さんは豪快に白米を口に入れた。俺はその様を見ながら魚を食べる。中々美味い。
「ご飯を食べたら、花簪に行こうかと思ってます。とりあえず中村殿に紅椿を壊す算段をお話して様子を見たいんです」
「様子を?」
「中村殿は一番口が堅いでしょう? どういう反応をするか見て、他の方に話す際の参考にしようかと思いまして」
「それって土方さんにも?」
「伝えますよ」
「反対されると思いますけどね」
「でも言わなければ。土方さんも紅椿の一人ですから。さて、ごちそうさまでした」
「あ、ごちそうさまです」
手を合わせて丁寧に礼をする瀬川の兄さんを見ながら、俺は自分と兄さんの分の皿を片付けた。兄さんはその間に出掛ける準備をしている。ふと、なんだか嫁みたいな働きをしてるなあと、自分でも思ってしまった。