キミが刀を紅くした
瀬川の兄さんは俺の準備を待ってくれて、全てが終わってから家の戸を開けた。するとそこには不機嫌そうな大和屋の旦那が座っていて。刀を支えに立ち上がった旦那は瀬川の兄さんを睨み付けながらため息をついた。
「なんだ、早いな、大和屋」
「お前が……お前らが遅ぇだけだ」
「え、俺も入ってます?」
「当たり前だろ。て言うか、今日は沖田も行くのか?」
「誘ったら着いてきてくれると言うから。今日は花簪に行くだけだから、大和屋こそ別に着いてこなくても良かったんだけど」
旦那は舌打ちをしてさっさと先を歩いて行く。怒ったんじゃないだろうかと思ったが、瀬川の兄さんは呆れた様に笑っていたから多分大丈夫なのだろう。
俺たちはそのまま京へ行った。俺を気遣ってかそうじゃないのかは分からないが、先頭の大和屋の旦那は大通りを歩こうとしない。この道順じゃ土方さんに会う事はないから安心なのだけれど。
花簪の前に行くといつもの様に戸は勝手に開いた。勿論椿の姉さんが開けたのだが。
「ようこそ、瀬川さん、大和屋さん、沖田さん」
「あれ、総司じゃないか。トシがあれだけ探し回ってるのに見つからないって嘆いてたよ」
なんと花簪には吉原の旦那も居た。だが瀬川の兄さんは想定の範囲内と言わんばかりに笑顔で挨拶を交わした。大和屋の旦那は適当に挨拶をしてから、吉原の旦那の胸ぐらを掴むとそのまま旦那を引きずって花簪を出ていく。
俺はなんとなく気になってその後に続いてみた。
「宗柄、痛いって! 何?」
「いや別に、何でもねぇよ」
「じゃあその持ち方やめて」
「あぁ、いいぜ」
花簪の裏へ行った辺りで吉原の旦那は解放された。首をさすりながら不思議そうな顔をしている。そりゃ不思議にも思うだろう。突然胸ぐらを捕まれてあっと言う間に離されたのだから。
これをやったのが俺で、相手が土方さんなら刀を抜かれていてもおかしくはない。
「吉原、お前今暇か?」
「何、突然に。何か今日の宗柄おかしくない?」
「おかしくねぇよ。暇なら相手しろ」
「何の?」
大和屋の旦那はにぃ、と笑って歩き出した。俺と吉原の旦那は互いに目を合わせてからすぐに大和屋の旦那を追い掛ける。しかしまあ行った先はなんと島原近くの賭博場だった。
「ねぇ旦那、俺一応新撰組の人間なんですけど」
「別に違法じゃねぇだろ。嫌なら村崎の所に戻れ」
「それはそれで邪魔になるかなーと思って」
「じゃあ黙って見てろ」
なんと大和屋の旦那は吉原の旦那と一緒に小屋に入って賭け事を始めてしまった。俺はなるだけ顔を隠しながらその流れを見る。賽の目を数えて勝敗を決める遊戯らしいが、まあ俺にはその楽しさは良く分からない。
見るからに先を読んで遊んでいるのは吉原の旦那なのに、貢ぎ物よろしく稼いでいくのは大和屋の旦那だった。前回は瀬川の兄さんを賭けて負けたそうだが今日は運が良い。
「旦那、勝っちゃいないけど負けてもねぇですね。この先どんと賭けたりするんですか?」
「やだな総司。俺が本気だしたら宗柄の倍はすぐ儲けられちゃうよ。なんせ俺は女神様に愛されて生まれてきた男だからね」
「気色悪い事言うんじゃねぇよ。現に俺に負けてんだろ。そういう事は勝ってから言え」
「なんか挑発的だな今日の宗柄」
なんて興味のないふりをしながらも、吉原の旦那は派手な着物の袖を肩まで巻くり上げた。やる気満々じゃないか、と思いながら俺は小屋の隅に座って様子を眺めた。