キミが刀を紅くした

 瀬川の兄さんは休まず刀を奮って来た。俺は自分の刀でそれを受け止める。彼は真っ直ぐ来ただけだから俺はただ待ち構えるだけで良いのだ。だがその圧力は半端なものじゃなかった。俺は堪えきれずに膝から崩れる。

 それを隙と見た兄さんは俺ごと地面を突こうとしてくる。俺は咄嗟に転がってそれを避けた。砂が身体中についてくる。割と痛い。だが、何というか、久々に楽しかった。



「ははっ」



 兄さんは多分、まだ本気を出していない。この人は相当強い。その二割程度の力で俺は負けそうになっているのだから、悔しい。だが実際、弱い浪士たちを相手にしてつまらない殺しをしているより余程、楽しかった。

 俺は昔から強くなりたかった。


 強い人とたくさん戦って、その強い人を守れるぐらい強くなりたかったんだ。出なければ俺はまた誰かに守られて誰かを殺してしまうだろう。だから、たくさん人を斬った。



「馬鹿みてぇ」



 人を斬る事で強くなれると信じていた自分が馬鹿らしい。そして今、折角強い人と戦っているのに負けそうになっているのが馬鹿らしい。あぁ、この人に勝ちてぇなあ。



「瀬川の兄さん!」


「あ、はい。何ですか?」


「本気で、来てくださいよ。あんたが俺なんかに手こずるなんて可笑しいでしょ。ははっ、こっちは楽しんでんだから。ねぇ」



 唖然としていた兄さんの顔が妖しく笑う。そんな顔出来たのか、この人。いつもへらへら優しそうに笑っているだけの癖して。

 こりゃ敵に回したら死ぬわ。



「俺の事ぶっ飛ばしてみろよ!」


「――ご無礼を。最近、あんまりにも緩い中で刀を奮っていたものですから。すっかり甘えてしまっていた様ですね。では。遠慮なく」


「おい馬鹿! 遠慮しろ!」



 大和屋の旦那の声は途中で消えた。俺が文字通りぶっ飛ばされたからだ。刀を構えていたはずが、俺の刀は瀬川の兄さんの蹴りによって折られてしまって。その衝撃は身体に全部やって来た。そして俺は飛んだ。

 やばいと思う暇もなく瀬川の兄さんは俺を追って走って来た。容赦なく急所を狙われている。まず首に刃物が来る。俺はそれを自分の手で押さえて止めた。手のひらが切れる。



「チッ」



 俺のでも兄さんのでもない舌打ちが聞こえて来たと思ったら、兄さんは俺の腹を思いっきり蹴ってきた。俺は歯を食いしばって堪えると、刀で兄さんに殴りかかる。俺の手を鞘で叩いた兄さんは俺から刀を奪い、そして。

 俺は兄さんを思いきり蹴った。そして馬乗りになり殴りかかる。刀ごと殴ってやる。粉々に砕いてやる。なんせ俺は兄さんを。



「この阿呆がっ!」



 殺したくはないな。

 そう思った時、大和屋の旦那が正面から俺の両腕を捕らえていた。彼の両足は瀬川の兄さんの肩と腕を押さえつけている。よくあの乱闘の中に入ろうとしたもんだと感心した。

 同時に痛みが俺を襲う。手が痛い。腹もやたらと痛い。心臓がばくばく言っていた。



「誰が喧嘩しろって言ったんだ阿呆共!」



 大和屋の旦那が怒鳴ったのを見て、俺と瀬川の兄さんはどちらからともなく笑った。


< 299 / 331 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop