キミが刀を紅くした
被害を届けるなら今だが、と彼は言ってくれたが俺は首を振った。何度も言うがあれに入っていたのは御上にご厄介になるほどの金額ではないのだ。
「ま、後悔するなら頓所までどうぞ。俺は沖田総司、名を出せば俺が対応しますんで」
「お気遣いどうも」
俺が一礼すると、誠の隊は列を崩さずに動き出し街を出ていく。それをしばらく見てから俺は大和屋へ足を向けた。
鍛冶を営む大和屋は、大通りを少し入った所で静かにひっそりと営業していた。
戦もろくにない時世に鍛冶など求めるものは少ないだろう。
それでも存続しているのは、やはり俺のような輩がいるからか。江戸の街にも刀を重んじる武士はまだ微かに生き残っているらしい。
開けっ放しにされた大和屋の敷居を跨ぐと、奥にいた店主が俺に気付いて手を挙げた。誰かと話をしている途中だったらしい。俺はしばらくその場に止まった。
店主と話していた男は京じゃ有名な男だった。少し離れた場所に住む俺でも知っているくらいだ。
派手な羽織を身にまとう、その男の名は吉原丑松。腕っぷしはたいそう強いそうだが、誰に雇われている訳でもない。彼はただひたすらに色街、島原の番人として君臨し続けている。
……らしい。離れているからか、やはり俺はそこら辺の状況に疎い。その他に彼に関して知っている情報はなかった。
「珍しいなあ。客だよ、宗柄」
「珍しいとは何だ。うちは繁盛してる方だぜ。客が来ないのはお前が来てる時だけだよ」
「人のせいにしなさんな。俺が来てても彼は来たじゃないか。ほら、さっさと接客しないと」
おっと、と思い出した風にそう言うと店主、大和屋宗柄はようやく俺の方を見てにっこり笑った。そうして座ったまま手招きをする。
ふいに彼の煙管が煙を吹いた。入った時は気にならなかったが、よく嗅げば鍛冶屋は煙管の香りで充満しているではないか。
まだ止めていなかったのか。
「じゃあ俺は帰えるよ、宗柄」
「あぁ、頼んだぜ。吉原」
派手な出で立ちの吉原丑松は俺の横を通りすぎる時に軽く会釈をした。そうして呟く。
またね、と。