キミが刀を紅くした
決別の夜
俺たちの世界はそもそも幕府とか新撰組とかそんな物とは無縁の世界だった。夜帝と俺がそう言う世界を作り上げた。その理由は簡単だった。夜帝は女を己だけのものにするため、俺はその女たちを世間から守るため。
それが正しかったかそうじゃなかったかは今になっても分からない。そんなものはたぶん、誰にもわからない。
「トーシ」
「あ?」
「こんにちは」
「珍しいな吉原、新撰組まで来るなんて。と言うか、昼間から動いてるなんて。何の用だ」
俺は何となく眠れなくて昨日からぶらぶらと街を歩いていた。そしてその夜、ある言葉を聞いた。だから新撰組まで足を運んでいる。こんな事は柄にないのだけれど。
何となく他に相談する人がいなかった。だからと言って島原の人間である俺が新撰組に来るのもどうかも思うのだが。
「話があるんだけど」
「今か?」
「別に今じゃなくても――いや、やっぱり今がいい。今すぐ時間を作って欲しいんだ」
「俺の部屋で少し待て」
「どこ?」
「誰かに聞いてくれ。俺は急いでこれを届けなければいけないんでな」
トシはそんな事を言いながら俺の前を去って行く。俺はそれを見送ってから勝手に新撰組の敷居を跨いだ。廊下を歩いていると色んな人に見られているのが分かる。
俺が派手だからか、それとも。
「あ、ねぇ」
「はい?」
「トシの……副長の部屋はどこ?」
「あ、廊下を行って右側奥です」
「そう。ありがとう」
「あの、吉原さんですよね?」
俺が一歩だけ進むと隊士がそんな声を掛けてくる。俺は振り返り愛想笑いを振り撒くが、彼は一瞬たりとも笑わない。
「俺たちは町の平和を守るために活動しています。だけど紅椿と言う輩が……ご存じですよね? 失礼ですが個人的には、俺は吉原さんが紅椿の正体じゃないかと思ってます」
「俺が?」
「まだ俺の勘ですから何とも言えません。だけど必ず、証拠を揃えて捕まえてみせます」
「……そう」
俺はさっさと廊下を歩いた。背筋が凍ると言うかなんと言うか。嫌な予感しかしなくて、俺はすぐに言われた通りの部屋に入る。
後ろ手で扉を閉めるとため息が出た。敵を作りすぎたせいで、俺は女たちと同じく島原に依存している。島原から出て生活するなんて事は多分、もう出来ないんじゃないだろうか。
「早く来ないかな」
俺は昨日聞いた言葉を思い出した。
『でも、これで覚悟は決まりましたよ。俺が裏切る方はやっぱり幕府――新撰組の方だ』