キミが刀を紅くした
あの声の主は確かに。
「待たせたな、吉原」
「あ、トシ」
「こっちは粗方片付いたが、茶を入れていたら遅くなった。悪いな。飲め、新茶だ」
「ありがとう」
ぶっきらぼうに湯呑みを渡され、俺はそれを受け取った。ゆらゆらと茶が靡く。俺はそれを眺めながらふと、呟いた。
「俺は今、疑われてる?」
「は?」
トシは座ってから一口だけ茶を飲み、俺の方を見た。その顔は驚きと言うより怪訝が浮かんでいる。多分、当たっていたのだろう。俺はトシと一瞬だけ目線を交わし、茶を喉に流した。良い香りも今はよく分からない。
俺は弱ってるのかも知れないなあ、なんて柄にもない言葉が頭を過ってしまう。
「さっき隊士に言われたよ。俺が紅椿なんじゃないかって思ってますってね。新撰組に疑われてるんじゃこの先やばいなあって思ってたんだけど」
「否定はしない」
トシは少しだけ声を落とす。
「だがそれは俺が今何とか払拭している所だ。もうすぐお前への疑いも晴れる様になる」
「いつもありがと」
「やめろ気持ち悪い。それより話は? まさかそんな馬鹿げた弱音を吐く為に来たんじゃないだろうな」
「違うけど、弱音は吐くかも」
俺は頭を回転させる為に軽く深呼吸をした。トシはそれを何も言わずに待っている。もしかすると紅椿の中で一番大人なのはこの男なのかもしれない。
俺は意を決してトシを見た。
「最近ね、眠れなかったんだ」
「前座はいらねぇ。さっさと本題には入れ」
「まあ聞いてよ。眠れなかった理由が、最近の宗柄の可笑しな行動のせいだと思ってるんだ。紅椿もおかしいでしょ、あの人は、俺たちを試したりしてる。ふるいにかけるみたいに」
「あいつはいつも可笑しいだろ。今回の策だって……いや、それは後でいい。続けろ」
「うん、それで眠れなくて色々考えながら街を歩いてたんだ、昨晩ね。そしたら声が聞こえて来て」
「誰の」
「総司、だと思う」
「何て言ってたんだ」
「これで覚悟は決まった。俺が裏切るのは幕府、新撰組の方だって」
トシはその言葉を飲み込むように黙り込み暫くの間口を開けなかった。彼にそうだんしたのは間違いだったのだろうかと思い始めた頃、トシは何気なく顔をあげる。
覚悟に満ちた顔だった。
「総司がここを出るのも時間の問題だと思ってた。だから、まあ、そうだな。多分瀬川の案に乗っかったんだろう」