キミが刀を紅くした
宗柄はまるで将軍のようにそこに座っていた。俺はふと初めて宗柄に会った時の事を思い出す。紅椿は島原を世間から守れる。吉原ももしかしたら自由に出来るかも知れない。彼はそんな風な事を俺に言っていた。
確かに新撰組から島原は守れた。
彼は嘘を言わない。どんな手を使っても言った事は実行しなければ気がすまない男だ。
「暇してたか?」
宗柄は悪餓鬼みたいな声をだした。俺はつられて頬を緩ませる。何故か知らない。大和屋宗柄と言う男は俺の壁を全て取り払う。焦っていた自分がバカらしくなってきた。
「宗柄のせいでね」
「どう言う意味だ」
「村崎殿と可笑しな策を企んでるって聞いたんだけど?」
「あぁ、知ってるなら話は早い」
彼は笑う。
「お前、俺を殺す度胸はあるか?」
「……は?」
「俺を殺せるかって聞いてるんだ」
「何でそんな事を?」
「知ってんだろ。紅椿を壊すって。俺も村崎も沖田も中村も加担したんだがどうもな、後片付けをする輩が残っちゃいねぇ事に気が付いたんだ」
「その役を俺にやれって言ってるの? 宗柄を殺して、紅椿を一人に背負わせろって?」
「まあそんな所だ。簡単だろ」
まるで他人事の様に言ってから宗柄は何度も自分を殺せるかと聞いてきた。残念ながら俺は宗柄程強くはないから、自信を持って殺せるとは言えない。だけどどうだろう。
彼が自分を殺せと言うのなら。
「出来ない事はないね。俺は宗柄の友人だから、殺せと言うなら殺してあげる。だけどその話、村崎殿は知ってるの?」
「知ってるわけねぇだろ。頼めるもんならあいつに一番に頼むさ。あれは強いからな、俺が血迷ったとしても間違いなく殺してくれる」
「頼めない理由は?」
「そもそも俺の話を聞かない事だ」
「ははっ」
「おい、笑うな」
「――分かった。その役、引き受けたよ。だけどそうしたら俺たちはもうあまり会えないね。時が紅椿を忘れるまで、かな?」
「何言ってやがる。お前は俺を殺すんだぜ。俺は死ぬってのに会えるわけねぇだろうが」
「違うよ」
俺はふと戸の前に正座する椿に目を向けた。真ん丸の黒目が俺の目と交わる。何か言いたいことがありそうだけど、椿は決して口を開かない。俺は寂しくなって眉を下げた。
彼女が言ってくれたら、俺は椿を連れて逃げたっていいのに。絹松も椿ならきっと許してくれただろうになあ。何も、言わない。
「宗柄。紅椿を壊したあと、宗柄以外の人間はどうなるの?」
「俺が鍛冶屋に、あいつらの弱味を握って利用していた証拠を残す。もしくは村崎が中村と沖田を連れて遠くに逃げるか、だな」
「村崎殿は強いんだよね」
「あぁ。強い」
「俺よりも半助よりもトシよりも、徳川の将軍よりもちゃんと、強いよね?」
「大丈夫だ」
「なら椿は」
「守れる」
椿の眉間が一瞬歪む。
「――ならいい」