キミが刀を紅くした
俺の心はトシと会っていた時より落ち着いていた。宗柄に会ったからか策を聞いたからか。だけど焦りは消えたが寂しさは残る。
「宗柄、その策はいつから?」
「詳しくは決まってねぇ。だが時期だ。騒ぎが起きたら俺は紅椿として新撰組に追われながら島原へ行くだろう。そこで殺せとは言わねぇが――お前が良しとする場所まで俺を誘導しろ。あとは」
「俺が宗柄を殺す」
「――物分かりが良くて助かるぜ」
「村崎殿は?」
「実質関わらねぇ様にさせる。そこは中村に頼んであるから心配ねぁよ。待ち合わせ場所と言いながら中村ごと町から離れさせるつもりだ。あぁ、あと沖田と一緒にな」
「その策に総司がいるのはどうして? 別に椿だけでも村崎殿を誘導できるでしょ」
「新撰組の沖田が一緒にいるんだぜ。誰が村崎を紅椿だと思うよ。あいつが裏切ったのは土方しかしらねぇ。それを露見して自分が紅椿にいた事を露にする程、土方も馬鹿じゃねぇだろ」
「総司は納得してるの?」
「させる。村崎を生かす為だ」
俺は首をかしげる。前から少し思っていたのだが。宗柄は村崎殿に酷く依存しているように思える。依存と言うレベルではない。村崎殿はそうじゃないだろうが、宗柄は多分、村崎殿が死んでしまったら生きていられないだろう。
死ぬことすら邪魔くさいと言いそうな。そんな感じである。生きる事を放棄しそうだ。
「ねぇ宗柄」
「まだ何かあるのか」
「素朴な疑問だから適当に答えてくれればいいんだけど。宗柄は村崎殿が死んだらどうするの?」
「村崎を殺した奴を殺す」
「そのあとは?」
「さあな」
「俺はね、村崎殿も宗柄も俺の友人だと思ってるから言うけど。宗柄が全部かぶって死んだら村崎殿は傷付くんじゃないかな」
「死ぬよりましたろ」
「宗柄が村崎殿を思うように、その逆もあるんだって事だよ。宗柄がそれを分かってない様じゃこの策は成らないと思うんだ」
「――俺も村崎も死ぬって事か」
「さあね」
俺は立ち上がって椿の方へ行く。彼女は俺を見上げて切なそうに瞳を潤ませた。俺が宗柄を殺す役割に回った今、椿とは逆の立場になるわけだ。彼女は紅椿を壊し逃げる人。
俺は邪魔しちゃいけない。
「――ごめんね」
だけど出来る事ならまた出会いたい。どうかまたその瞳で俺の事を充て欲しい。その美しい声で俺の名前を呼んで欲しい。宗柄が村崎を思う様に、俺も椿を大事に思うから。
椿の髪に触れ、それに口付けをする。椿は一瞬たりとも動かないけれど俺にはそれが心地よかった。そして俺は彼女の耳元で呟く。
「椿、村崎殿の言う事を良く聞くんだよ。きっとそれが誰にとっても最良の結果になる。あの人は誰より人の事を考えているから」
宗柄に聞こえていない事を確認してから俺は椿の横を通り過ぎる。振り替えると椿はやはり物言いたげに此方を見ていた。可愛い椿。どうしたら俺は彼女を幸せに導けただろう。
絹松や華さんの様に守れたら簡単なのに。椿はそうじゃないんだろう。江戸の吉原で俺に初めて生きる希望をくれた女の子に、俺は何一つ恩返しができないまま別れていく。
「――椿!」
階段の手前で俺は叫ぶ。
「またね」
振り替えると椿は黙ったまま泣いていた。