キミが刀を紅くした
椿の涙を見て俺は自分の役目を呑み込んだ。宗柄を殺せば誰も紅椿の罪をかぶる事はなくなるのだ。彼に全てをかぶせてしまえば。
花簪を出て俺は一目散に村崎殿の家へ向かっていた。確かめたい事があったのだ。彼の家に行く途中で何人もの人に声をかけられた。俺が島原から昼間に出歩くのが珍しいのかも知れない。だがそんな事は構わない。
「吉原」
ふと腕をとられて俺は振り替える。
「……トシ、じゃないか」
「大和屋に会ったか?」
朝と変わらぬ表情で彼は聞く。俺は頷いて辺りを見渡した。視線は俺ばかりに注がれているけれど、聞き耳を立てる人はいない。
「話を全部聞いてきた」
「それで? お前の答えは?」
「俺は決別する。トシは犯人を捕まえて」
「どう言う事だ」
「俺は首謀者を殺す役割を担う事になったんだ。トシはいち早く気付いてたんでしょ。宗柄が全部背負って終わらせるってこと。だから総司の事を放っておいた」
「瀬川が提案した時点で大和屋が何かしらの被を受けるのは目に見えていた」
「だから一人ぐらい残って後始末を、って?」
「良い言い方をすればな」
トシは自嘲気味に笑って俺の肩をぽんと叩く。俺はなんて大人の味方を得ていたのだろうかと少しだけ感動してしまった。トシが国を担っていたらきっと、こんな世の中にはならなかったかも知れないなあ。
「トシは大人だね」
「新撰組と自分の身が可愛かっただけだ。お前も裏切る側についたんじゃ、同じようなもんだろ」
「俺も島原と自分の身が可愛かっただけなのかもね」
トシに手を振ってから俺はまた村崎殿の家へ向かう。自分が裏切り者になった気分はまだなかった。多分、宗柄に刃を向けるときまでないんじゃないかと思う。そして俺が後悔するのは彼を殺した後だろう。
村崎殿の家に行くと何故か総司が呑気に玄関を掃除していた。俺に気付いた彼は軽く頭を下げてこちらに寄ってきた。
「吉原の旦那、何かご用で?」
「まあね。元気そうで何よりだよ」
「俺はいつも元気じゃないですか」
「前、魚を渡した時には言えなかったんだけど。華さんの件からでしょ。総司が新撰組に帰りにくくなったのは。謝らなきゃいけないってずっと思ってたんだよ」
「大人はみんな俺に謝りたがるんですね」
総司はため息をついて玄関を開けた。勝手知ったる他人の家、と言わんばかりに上がり込み、言葉ではなく俺を歓迎した。
村崎殿は居ないみたいだ。
「まあお座りください、旦那」
俺は着物を翻して腰を下ろした。