キミが刀を紅くした
島原へ帰る途中、花簪の前を通った。中に入れば椿に会えるだろうなと思いながらも俺はそれを躊躇する。敵に回ったと自覚してから何だか自分自身が分からなくなってきた。
結局俺は椿には会わずに俺は島原の一番奥、首代の屋敷へ入り込んだ。絹松はこの時間出てるのを知っていたから俺は彼女の部屋に上がり込んでそのままばたんと倒れ込む。
「眠い」
目を閉じて全てを忘れる様に意識を飛ばす。夢でも見ればよかったものの、俺はそれすら出来なかった。目が覚めたら絹松は帰って来ているだろうか、なんて考えながら。
どれだけの時が過ぎたかは分からない。俺は寝返りをうって、いつの間にか掛けられていた布団を口元まで引き寄せた。
「じゃあ丑松が?」
「あぁ。俺を殺してもらう」
声がする。
「中村は村崎が連れて行くから安心しろ」
「無事に元の生活が送れる様になるんだね」
「勿論だ。紅椿の根元は何一つ残さねぇ」
「だけど、いいのかい? 紅椿はあんたが作ったもんだろう。それをそうも簡単に」
「あれは、元々村崎の帰る場所を作ろうと思って考え出したもんだ。世荒しなんてしてやがって、色々落ちてたから――それでも気楽に帰れる様に。世の中を荒らす組織なら世間から嫌われてても帰れるだろ」
「後ろ盾も完璧にして?」
「何かあった時の為だ。あわよくば出世の道にも繋がるだろうと思っていた。が、まあ。村崎がいらねぇと言うならいらねぇんだ」
宗柄だ。
「とにかくお前に言うのはそれぐらいだ。吉原には嫌な仕事を頼んじまったが、これが最後。二度とその手の事には関われねぇように手は回した。巻き込んで、悪いな」
「丑松が良しとしたなら良いんだ。だけど、そう。あんたは死んでしまうんだね、色男が勿体無い事を」
「俺の人生に口出しすんな」
「そうじゃないよ。いいのかい?」
「死ぬぐらい構わねぇ」
「死ぬぐらいって」
「俺の人生に悔いはねぇんだ。色んな人に救われて、村崎とか土方とか、吉原もそうだ。胸張って友人だと言える奴が出来た。そいつらの罪全部被って死ねるんだ。幸せじゃねぇか」
俺は目頭が熱くなって目を閉じた。だがその刹那、俺はある人影を見た。黒装束に身を包んで二階の屋根から去っていく人。
――あれは。
「半助!」
(03:決別の夜 終)