キミが刀を紅くした
「血は、慣れませんか?」
淹れたての良い香りがするお茶と濡らした手拭いを私に渡してくれた瀬川さんは、座布団の上に腰を下ろしながら訪ねてきた。
私は小さく首を振る。
「紅椿で何度も人を、殺めてきました。慣れていないと言う方がきっと普通じゃない」
「そうですね。沖田さん、お茶を」
「あ、どうも兄さん」
私たちは三人、小さな卓袱台を囲んでお茶を飲んだ。私だけは手拭いで総司さんと瀬川さんの肌についた血を拭った。瀬川さんはどうして先に自分をしないのかと聞いたけれど仕方ない。私には自分の顔が見えない。
「瀬川さん、目を閉じて下さい」
「あ、すいません」
「――こうして見ると夫婦みたいですね」
「お、沖田さん!」
「まあ正直な話、俺は不思議なんですよ。中村の姉さんがこっち側に付いたのが」
総司さんが私をじっと見る。私はその視線を受けながら瀬川さんの血を拭い続けた。
「姉さんに何の得があるんですか? 紅椿を護る方が吉原の旦那も居るし、徳川の恩恵だって受け続けられるでしょ。あの旅館は徳川の旦那に預けられたと聞きましたけど」
「総司さんこそ」
「俺はこっちの方が得ですよ。瀬川の兄さんも大和屋の旦那も強いし。俺は強くなりたいんでね。こっちにいた方が得でしょ」
「本当に、それは得と言えますか」
私はふと総司さんを見た。彼は意味が分からないと言いたげに目を丸くしている。瀬川さんが私から手拭いをそっと取って、私の手をとても優しく拭き始めてくれた。
「どう言う意味ですか」
「あ、瀬川さん、私は自分で」
「いえ、させて下さい」
「姉さん、答えて下さい。俺がこっちにいるのは得じゃないんですか? 二人はあんなに強いのに、俺は学べないとでも?」
「違います。ただ」
私もきっと同じ。
「総司さんはどうして強くなりたいんですか? 何のために? 誰の、ために?」
「――あぁ、そうか。なるほど」
総司さんはため息を吐く。
「まあ確かに得じゃないですね。俺は強くなって仲間を――新撰組の人を守りたかった訳ですから。本末転倒ってわけだ。でもそれを抜いても得ですよ、俺がこっちにいるのは」
「どうしてですか?」
「だって瀬川の兄さんも大和屋の旦那も俺の仲間でしょ。仲間を守るために強くなりたいって願いは変わってませんし、俺がここにいる事で守れるものがあるのは確かです」
「似たようなものですよ私も。本末転倒ではありますけれど、ここに居る事は私にとって得になってます。裏切ったりしませんよ」
「あ、やだな。違いますよ。俺はそういう意味で聞いたんじゃないですからね姉さん」
私が微笑むと総司さんはばつの悪そうな顔をした。瀬川さんはそれを見ながらくすくす笑い、私の頬に手を当てて血を拭った。
「中村殿、俺からも一つ良いですか?」
「どうぞ、私に答えられるものでしたら」
「沖田さんの願いは強くなる事、大和屋の願いはこの世で生きていく事、俺の願いは自分の信念を突き通す事です。なら中村殿は?」