キミが刀を紅くした


「瀬川の兄さんは今から大和屋の旦那を迎えに行くと見ましたよ俺は。なら着いて行きましょう。こっち側についたんだから、ちゃんと最後までお供しないと怒られちまう」


「沖田さん、だめですよ。中村殿を守っていただかないと困ります。俺は丑松殿とお約束したんですから。残ってください」


「あらま。約束したのは兄さんでしょ。なら残るのも当然兄さんだと思いますけど?」



 総司さんは私を見る。そして笑った。



「俺が吉原の旦那に言われたのはただ一つ。瀬川の兄さんの言う事をちゃんと聞くんだよって、ただそれだけです。聞いてるんだから反発ぐらいしても許されますよね姉さん」



 私はその言葉に立ち上がった。そうだ。私は丑松さんに言われた。ちゃんと瀬川さんの言う事をよく聞くようにと。ならそうすべきなんだろうか。私の思考は悩む。

 総括をしている宗柄さんの言う事を聞くべきか、それとも私の自由を優先すべきか。



「瀬川さん、私も連れて行って下さい」


「しかし」


「邪魔なら切り捨てていただいて構いません。ですが私は半端な覚悟で此処にいる訳ではありませんので。どうかお手伝いさせて下さい。瀬川さんがすべき事のお手伝いを」



 そう決めて言葉にした途端、私の心にあった不安が消えた。私は立ち上がり丑松さんに渡された小刀を手にする。覚悟はした。否。

 死ぬ覚悟は何年も前からしていたじゃないか。私は生まれた時から誰かに殺される運命だと思っていたじゃないか。なら怖くない。



「瀬川さん、町に戻るなら裏手から行くよりも表から行った方が早いです。隠密の行動が染み付いている半助さんなら表通りは歩かないでしょうし、お連れの方もまた然り」


「――なるほど。さすが姉さんだ」


「中村殿、では手を」


「え?」


「俺は戦いになると貴方を守りきる自信がありませんので。せめて何処にいるか見なくとも分かれば、と思いまして。どうか」



 瀬川さんは眉を下げて申し訳なさそうに私に手を差し伸べてくる。私はそれを迷わずとると頷いた。



「お邪魔な時は必ずこの手をお離し下さい。でなければ私が自分の手首を切り落としますので。約束してください。瀬川さん」


「分かりました」


「それから」


「はい」


「どうかこの世を良き道に導いて下さい」


「当然です。俺はその為に生きてますから」



 瀬川村崎が爽やかに笑った。



「姉さん、いざとなったら俺の方に来てください。俺は多分守ることにかけては瀬川の兄さんより長けてるんで。これでも新撰組の一端を担ってた男ですから」


「分かりました」



 私たちは意を決して屋敷の外に出た。

 だがそこは既に敵に囲まれた後だった。否、敵と言うには優しく笑う半助さんがそこにいたのだ。初めて見たその悲しそうな顔。笑っているように見えるけれどもしかすると。

 彼は泣いているのかもしれない。



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