キミが刀を紅くした
瀬川さんと総司さんはその敵の数にまず刀を抜いた。けれど私は首を振る。なぜここに宗柄さんが居ないかを考えたからだ。きっと彼は半助さんに何かを告げたのだろう。
例えば紅椿の終演の仕方を。
「椿」
「半助さん」
「俺はお前を追う」
「――私を追う?」
「追う。だから」
半助さんが刀を抜いて私に猛攻を掛けてきたと思ったら、瀬川さんが私の前に現れた。刀が間近で交わる音がする。だけど瀬川さんの手は私の手を優しく握ったままだった。
ふと見ればそれが合図だったかの様に回りの人々も刀を抜いていた。楽しそうに笑ったのは総司さんだ。彼はすぐに動き出す。
「大和屋を殺してませんね、服部殿」
「なぜそう思う」
「俺を今殺そうとしていないからです」
「――それは浅はかだ」
瀬川さんの重心がぐらりと揺れた。半助さんが急激に押し込んだからだ。瀬川さんは堪えたけれど私がいた事で反撃には出れなかった様で。半助さんは今度こそ本気で瀬川さんに斬りかかる。彼の肩が深く斬られた。
だが瀬川さんは表情を歪めずにただ堪える。私が邪魔だ。ふと本能がそう言った。
「瀬川さん、手を」
「誰が邪魔だと言ったんです」
瀬川さんは痛みを感じていないかの様に口角を上げた。ぞくりと背筋が凍る。それは半助さんも同じだった様で、彼は一瞬上体を引いて攻撃を止めた。そこを攻めたのは勿論瀬川さんである。彼は一瞬で鬼と化した。
私は肩ごとガクンと持っていかれるのではないかと言う衝撃を受ける。だがそれきり、落ち着いた。瀬川さんは一撃で半助さんを突飛ばし刀を折る攻撃を仕掛けていたのだ。
「俺は守ると決めたものは死んでも守りますよ服部殿。今俺が死んだら中村殿を守れなくなる。だから俺は死ねません。申し訳ないが諦めていただきましょう」
「……瀬川さん、逃げ道を作っていただけませんか。その隙をついて私が先に宗柄さんを探しに行きます」
「しかしそれでは中村殿が」
がん、と何かを何処かに打ち付ける様な音が聞こえたと思ったら、総司さんが敵の頭を屋敷の壁にぶつけた所だった。彼は一人で大勢の敵を蹴散らしていたらしい。私たちの視線に気付いた彼は、にこりと笑ってみせた。
「俺がお供しましょう、椿の姉さん」
「総司さん」
「服部の兄さんと戦うのは骨がいりそうだから。楽な方を選ばせてくださいよ瀬川の兄さん。決着がついたら京に戻って来てくれりゃ構いませんから。どうです?」
「分かりました」
瀬川さんはそっと私の手を離して総司さんと私に会釈をすると、刀を持ち直して半助さんの方へ走って行った。私は総司さんと目線だけを交わして走り出す。目指すは京。
この戻ると言う選択肢が間違っていない事を私は祈るばかりだ。もしここで半助さんに瀬川さんが殺されたら、私は彼に申し訳が立たなくなってしまいそうで少し怖い。
「姉さん、手を」
「なんですか?」
「繋ぎましょうか」
「ふふ、繋ぐんですか?」
「いや瀬川の兄さんがやってたんでやった方がいいかと思って。敵が来たらさすがに離しますけど。俺は兄さんみたいに出来ないし」
「じゃあ、お願いしますね」
「なんか楽しそうですね姉さん」
不思議な心持ちだった。
命を懸けて逃げ出したと言うのに、私たちは死地へ戻ろうとしている。だけど楽しい。きっと全てが上手く行くと思っているからだろう。このまま走って何とか出来ると思っているからだろう。私はまだ子どもだった。
誰も責任を取らなくていい。
私はいまだに、そう思っている。