キミが刀を紅くした
京に戻って総司さんと共に私は宗柄さんの鍛冶屋を目指した。そこへ行くまでに何人もの刺客に会ったけれど、残念ながら私も彼も暗殺者の端くれなので恐れはしなかった。
鍛冶屋の玄関が血まみれだったので総司さんは一瞬立ち止まったけれど、私は躊躇せず家の中へ足を踏み入れて行った。まだ夜は明けていない。月明かりが眩しかった。
「宗柄さん」
「中村か」
呼んだ声にいつもの声音で振り返った宗柄さんもまた、血にまみれていた。黒の刃が隙間から差し込む月明かりに光って恐ろしい。総司さんはやはり、入ってこなかった。
何が恐ろしいかと言うと宗柄さんは一つ足りとも怪我をしていなかった事だ。玄関の大量な血も彼自身浴びた血も全て人のだった。
「村崎は?」
「半助さんと戦っています。それが終わり次第、京に来ると言ってました。彼は宗柄さんの策に気づいているやも知れません」
「お前、今日はよく喋るな」
「そうでしょうか」
「あぁ。そっちの方が良い」
宗柄さんは今までにない様な優しい笑い方をしてふと、出口に向かって歩き出した。私はその後に黙って続く。さっき、彼にもっと喋っても良いと言われた気がして嬉しくなっていたのは秘密だ。何だか不謹慎だ。
玄関先で俯いていた総司さんは、ふと顔を挙げて宗柄さんを見ると、また目をそらす。
「別に怒っちゃいねぇよ」
宗柄さんは言って、血だらけの手で総司さんの肩を叩いた。乾いていたのか血はつかない。総司さんは泣きそうな顔をして宗柄さんを振り返ると駆け足で彼に続いた。
宗柄さんがどこへ向かっているのかは検討がついていた。私も総司さんも黙って宗柄さんの背中を追う。彼は今から死にに行く。そう考えると胸が締め付けられた。そして。
私はふと足を止めた。
「椿の姉さん?」
瀬川さんは自分の意思を貫くのが願いだと言い、世を良くする為に生きていると言った。そして彼は私は総司さんの願いを聞いた。瀬川さんは宗柄さんの願いも知っている。
ただ、生きたいと願う宗柄さんを。
「宗柄さん、なぜ瀬川さんに自分の願いを生きる事だと言ったんですか?」
頭の良い彼は考えれば分かるはずだ。それか、自分が死んだ後に瀬川さんの足枷になると言う事を。反乱を提案した自分の尻拭いをする為に宗柄さんが死んだと思いかねない。
なのにわざわざ彼は告げた。
自分の願いはただ、生きる事だと。
「宗柄さん、貴方は誰を殺す気なんですか」
振り返った彼の表情のない顔を見て、私は全身に悪寒が走った。残念ながら彼は端から死ぬ気がないのだと悟ってしまった。なら誰を殺すのだろうか。彼の代わりに死ぬ人がいる。それは。
「お前は頭が良すぎるな」
「瀬川さんと貴方は除外されますね」
「中村、お前の言う通りだ」
「半助さんもあり得ない。彼は徳川の方ですから、きっと将軍様が肩を持ちますし」
「なら誰だと思う?」
「きっと、私かと」
全ての任を負って死ぬのは私だ。
総司さんは瀬川さんの用心棒、土方さんもまた責任ある人だから肩を持つ人間が現れて邪魔くさい。丑松さんを殺すのは骨が折れる。消去法で残るのはただ一人、私だけ。
「殺される気はあるか?」
非情な人は問いかける。