キミが刀を紅くした

我儘の未来は



 大和屋の旦那はずっと死ぬ気でいた。でも俺から見ると瀬川の兄さんも多分、死ぬ気でいたんじゃないかと思う。二人は恐ろしい程信念に忠実で互いの為なら自分の命をも問わない。そんな関係だったのだろう。

 俺には到底計り知れない。



「村崎が捕まっただと?」



 大和屋の旦那の言葉に俺は頷いた。今まで何も考えられなかった頭が急に回りだす。聴覚が視覚が嗅覚が突然発達した気分になった。闇に紛れているはずの服部の兄さんの足音までしっかりと耳で捕まえる事が出来る。

 俺は刀を抜いた。



「刀を収めろ、沖田」



 服部の兄さんはそう言って近付いてくると中村の姉さんの前に片膝をついた。それは実質、徳川から主を乗り換えると言っている様なもので。俺は口を開けて制止した。

 また頭の回転が止まる。



「私を追うって、そういう事でしたか」


「俺は椿の生き方がいい」


「本当に良いのですか。私は報酬を渡すことは出来ませんよ。それでも、貴方は」


「ついていく。今の主は昔とは違う。俺が要らないと判断した時は新しい主を探すから」



 大和屋の旦那が俺の肩を叩いた。



「新撰組の一番隊長に徳川お墨付きの宿屋の女将、それにお庭番がついて来るた、とんだ反逆者共だな。俺が一番小さく見えら」


「何言ってるんですか事の発端が」


「だがお前を易々と仲間に入れるつもりはねぇぞ服部。そもそもお前が徳川に告げ口しなけりゃこんな騒動にはなってねぇんだ」



 道のど真ん中で大和屋の旦那は服部の兄さんの胸ぐらを掴んだ。場合によっちゃそのまま掴み上げて首でも絞めてしまいそうな顔をしている。悪い顔と言うのはこれを言うのだろうと、何となく俺は思ってしまった。

 服部の兄さんはひょいと旦那の肩に足をかけてその状況から抜け出すと首を振った。



「お前の仲間になりに来たんじゃない」


「だが中村はこっちのもんだぜ」


「紅椿を壊す事には――俺も賛成だった」


「徳川方のお前がかよ」


「告げ口したのは最後の仕事だ。それに乗じてお前らが逃げればいいと思っていた。それだけの時間はあっただろ。だがお前がそれに乗らずに自分の策を突き通した結果だ」



 大和屋の旦那は下唇を噛んだ。



「俺はあの時確かに言った。あれが全員で逃げる最後のチャンスだと。だがお前は聞き耳を持たずに俺の部下を全員殺したんだ。あれは全員、俺について来た仲間だったのに」



 俺は首を傾げた。つまり、あれか。

 徳川には既に裏切り者が居て、協力者だっにも関わらず大和屋の旦那は皆殺しにして。どうしてだろう。協力者なら殺さなくても。



「あの中の誰が村崎を殺すか知れん」


「誰も殺さなかった」


「金に目が眩んで徳川に戻る輩もいるだろうよ。俺なら戻るね。金で人生がなんとかなるんなら何回だって裏切ってやるぜ。自分の為じゃねぇ、それが人の為なら尚更だ」


「そんな想像で俺の仲間を! あいつらが裏切る分けないだろ、お前とは違うんだ!」


「じゃあ答えろ。あの中に家族を持ってる奴は何人いた。どうしてそいつらは葵の紋を掲げていたんだ。なぜ、仲間になるはずの俺を本気で殺そうとして来たんだ。答えろよ!」


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