キミが刀を紅くした


 旦那が声を荒げるのを聞くのは初めてではない。何度目だろうか、なんて考えていると服部の兄さんはため息と共に声を出した。



「お前のそう、憶測だけで生きている様な思考が嫌いだ。外れない辺りも含めて」



 旦那は舌打ちをして服部の兄さんに背を向けた。それから暫く考え込む様な仕草を見せる。俺たちは割りと心強い味方を得たのではないだろうか。旦那は言い争っていたせいか認めないけれど、兄さんも立派な戦力だ。

 俺たちはこれからどうなるのだろう。

 不安は一切感じていなかったが、疑問には思っていた。俺たちも瀬川の兄さんも。それから俺たちを逃がした後の土方さんも。一体これからどうなってしまうにろうか、と。



「瀬川さんは今どこにいらっしゃるのでしょうか。それが分からない事にはどうにも」



 椿の姉さんが俺を見る。
 ――そうか。兄さんは捕まったのか。



「よくよく考えなくても分かりそうな事ですよね。捕まったなら行き場は一つだ。多分、新撰組に監禁されてるでしょうね」



 紅椿に関わった確証のある人間を新撰組が捕まえるのは初めてだ。まあ瀬川の兄さんは前にも捕まってらっしゃるが。今回とはまた話が違う。いわば逃がせない重要人物。

 俺たちはそういう大きな組織の一人を捕まえた時、根っこから引っ張ろうとして取り調べをする。捕らえてもすぐには殺せないはずだ。少なくとも三日は有余がある。なら。



「旦那、俺が見てきます」


「新撰組に戻ってか」


「――言伝は服部の兄さんに頼みましょう。何らかの方法で俺が伝えます。いいですか」


「俺は構わない」



 服部の兄さんはそう言って頷く。旦那は不満そうな顔をしていたが、これしか方法がないのだと彼も薄々気付いていると思う。捕まったらすぐに助けに行くと言いそうなものだが、それが自分に出来ない事を知っているのだ。旦那は賢い人だから。

 俺は息を吸った。



「じゃあ、俺はしばらく戻ります」


「沖田」


「何です?」


「村崎は殺しちゃいけねぇ人間だ」


「そんなもん言われなくても分かってますよ旦那。あの人はこの世のために必要です」



 俺は旦那の肩を叩いて新撰組への道程を一人、ゆっくりと歩き始めた。鼓動がうるさく胸を打つ。だが俺は平生を装った。

 正直に言うと瀬川の兄さんはこの世のために生かすのではない。この世を荒らす大和屋の旦那を止めるために彼は必要なのだ。今になって俺は気付いた。本当の世荒らしは瀬川の兄さんじゃなく、あの旦那だと言う事に。



 瀬川の兄さんは自分の為に生きていた。だから道を示せば多分、世荒らしなんてすぐに止めていた。それをせず彼を支配して守っていたのが大和屋の旦那だと思う。

 大和屋の旦那は常に兄さんの為に生きてきた。だから道を示しても自分が信じた道でしか彼は兄さんを守らない。旦那の場合は性格かも知れないけれど、多分、そうなのだ。

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