キミが刀を紅くした
俺は何事もなかったと言わんばかりの態度で新撰組の門を潜った。まず出会ったのは何も知らない隊士である。俺の仲間、一番隊の面々は俺が仕事から帰ったと思ったらしく、おかえりなさいと一言声をかけてくれた。
土方さんは。
「沖田さんは副長の隊には入ってなかったんですね。てっきり島原にいるんだとばかり思ってましたけど」
「土方さんはまだ帰ってないんで?」
「えぇ、大仕事だと出ていきましたから」
大和屋の旦那を捕らえること、か。
土方さんはどんな顔で戻ってくるのだろうか。また俺を見てどんな顔をするのか。考えるだけで面白く恐ろしい。俺は欠伸を一つして頓所の奥にある廊へ歩いた。道中、俺を止める人は一人としていなかったのは幸いだ。
「沖田さん、もしかして瀬川さんに?」
見張りをしていた隊士が眉を下げて俺に近付いてきた。俺は少し黙り込んでからため息をつく。瀬川の兄さんと俺が仲良くしていたのは皆が知っている。隊士は黙って道を開けてくれた。俺は小さく礼を言って通る。
独房の一番奥に、兄さんはいた。
「ここに入るのは二度目ですね、兄さん」
「……沖田さん?」
「こんにちは」
平然と挨拶をすると瀬川の兄さんは悲しそうに眉を下げて微笑んだ。これが死を覚悟した人の顔か。なんだ、いつもと変わらない。
「どうしてここに?」
「どうしてって、俺は新撰組の一番隊長ですよ。ここにいて不思議な話がありますか」
「あぁ、そうでしたね」
「それで、兄さんこそどうしてここに?」
「大和屋が死ぬ気だと聞いたので」
「服部の兄さんから?」
「いえ。徳川の」
「──まさか、将軍ですか」
「はい。沖田さんと中村殿と別れてから、服部殿と対峙していたのですが──そこに現れたのが慶喜殿で。まあ色々あったんですが」
なぜ将軍が。
「そこで彼から大和屋が死んで全てを被ったまま終わらせようとしていると聞きました。俺はそれを黙って見過ごす事は出来ませんし、かと言って大和屋を止める手段は見つからなかったので。代わりに死のうかと」
「――あっさりしてますね」
「まあ元々考えるのは嫌いですし」
「だからって。怖くないんですか」
「現実味がないので今は怖くありませんよ」
兄さんはにこりと笑った。俺はその笑顔を見て寒気を覚える。彼は死ぬ為に生きたと言わんばかりに満足そうな笑みを浮かべていたからだ。怖いと言うか、奇妙だった。
しかし俺の頭はすぐに違う方へ動く。
徳川の旦那はどうしてわざわざ瀬川の兄さんに伝えたんだ。大和屋の旦那が死ぬと言う作戦を。そんな事伝えて、彼に何の特が発生すると言うのだろうか――否。そうか。
「兄さん、今後、紅椿に対する事で新撰組に口を割っちゃいけませんよ。せめて俺か大和屋の旦那と次出会うまでは絶対に」
「沖田さんはまたどこかへ?」
「俺はしばらく新撰組に居ますよ。偵察ですからね。いいですか、俺たちは瀬川の兄さんを易々と殺す気はありませんからね」
瀬川の兄さんに会釈をして俺は自分の部屋へ向かった。大和屋の旦那に報告しなければいけない。俺たちがまだ、徳川の旦那の手のひらで踊らされていると言うことを。